57話 黒幕判明
村は豊かになった。
かつて貧困村と呼ばれた場所は、もはや存在しない。
人口は五千人を超えた。
食料充足率は二〇〇%を維持している。
農業革命は完全に成功した。
農地は広がり続けている。
水属性魔法による灌漑。
土属性魔法による開墾。
光属性魔法による病害対策。
村の農民たちは、もはや普通の農民ではなかった。
教育を受けた農業技術者であり、魔法使いであり、防衛戦力でもある。
紡織産業も拡大していた。
獣人たちが育てた繊維。
エルフたちの織布技術。
ドワーフたちの機械化技術。
全てが結び付き、村の産業は急速に発展していた。
貧困は消えた。
病も減った。
飢える者もいない。
だからこそ。
村は次の段階へ進んでいた。
敵を知る段階へ。
◇
村の会議室。
長机を囲むように主要人物が集まっていた。
エミリー。
セリナ。
ロバート。
トミー。
マイケル。
ミシェル。
エレノア・グランディア侯爵。
そしてケルナイン。
部屋の中央には巨大な地図が広げられている。
静かな空気。
誰も軽口を叩かない。
今回の議題が重大だからだ。
セリナが口を開いた。
「調査結果がまとまりました。」
ダークエルフの冷静な声が響く。
部屋全体の視線が集まる。
「奴隷商。」
「盗賊。」
「傭兵崩れ。」
「流民狩り。」
「人身売買。」
「これらは別組織ではありません。」
沈黙。
セリナは地図の一点を指した。
「全て同じ資金源です。」
「背後に黒幕がいます。」
部屋の空気が変わった。
◇
トミーが目を細める。
「やっぱりな。」
「おかしいと思ってたんだ。」
「動きが統一され過ぎてた。」
セリナは頷く。
「はい。」
「普通の盗賊なら縄張り争いをします。」
「普通の奴隷商なら利益を優先します。」
「ですが彼らは違いました。」
地図に印が増えていく。
「複数の街。」
「複数の奴隷市場。」
「複数の盗賊団。」
「全て同じ方向へ人を流していました。」
◇
エレノア侯爵が杖を握る。
老いた瞳に怒りが宿る。
「やはりか。」
「わしが王都で反対していた時代から変わっておらぬ。」
静かな声だった。
しかし重みがあった。
「人を家畜のように扱う者たちがおる。」
「その連中が生き残っていたか。」
◇
セリナはさらに資料を広げた。
「黒幕は辺境諸国の複数貴族。」
「そして奴隷市場を運営する商人連合。」
「さらに傭兵国家の軍閥。」
「三者が結託しています。」
誰も驚かなかった。
怒りはある。
だが驚きはない。
村人の多くが被害者だからだ。
◇
エミリーが静かに拳を握った。
狼耳がわずかに動く。
「リーヴの村も。」
「ティグリスの村も。」
「全部繋がってたのか。」
「その可能性が高いです。」
セリナは断言した。
◇
マイケルが資料を見る。
かつて泣き虫だった少年はもういない。
教師。
治癒師。
そして村の幹部の一人。
「じゃあ。」
「奴隷商を潰しても終わらない。」
「元を断たないと駄目なんですね。」
セリナは微笑んだ。
「その通りです。」
◇
会議室に沈黙が落ちる。
皆が考える。
誰かが答えを待つわけではない。
この村は変わった。
命令待ちの集団ではない。
自分で考える。
自分で判断する。
それが教育の成果だった。
◇
最初に口を開いたのはロバートだった。
「潰す。」
短い。
単純。
しかし全員が理解した。
「奴らを残せばまた被害者が出る。」
「なら終わらせる。」
誰も反対しなかった。
◇
トミーが笑う。
「商売的にも邪魔だ。」
「まともな商人は奴隷なんて扱わねぇ。」
「市場を歪める。」
「物流も荒らす。」
「害悪だ。」
◇
エミリーも頷く。
「戦う。」
「でも今回は守るためじゃない。」
「終わらせるためだ。」
◇
その言葉に全員が頷いた。
◇
ミシェルが報告する。
「索敵部隊。」
「現在五百名。」
「全員が探索魔法を使用可能。」
「透視。」
「念聴。」
「遠隔透視。」
「危機感知。」
「運用可能です。」
会議室が静かにざわめいた。
五百人。
普通なら国家級戦力である。
◇
続いてロバート。
「戦闘部隊。」
「五百名。」
「身体強化。」
「筋肉強化。」
「各属性魔法。」
「近接戦。」
「集団戦。」
「全員訓練済み。」
こちらも国家級。
もはや村ではない。
一つの軍事組織だった。
◇
しかし誰も慢心していない。
理由は簡単。
教育されているからだ。
強さは自慢するものではない。
責任だからだ。
◇
エレノア侯爵が立ち上がった。
老女とは思えぬ威厳。
貴族としての格。
長年積み重ねた経験。
全てが滲み出る。
「後ろ盾なら任せよ。」
「正式な書状も出す。」
「貴族連中が文句を言うならわしが相手をする。」
部屋の空気が軽くなる。
侯爵という地位は大きい。
それも民を守る側の侯爵だ。
◇
エミリーが微笑む。
「助かります。」
「怖くありませんか?」
誰かが尋ねた。
エレノアは笑った。
「怖い?」
老女は首を横に振る。
「わしは若い頃から奴隷制度に反対してきた。」
「今さら怖がる理由などない。」
「むしろ。」
「ようやく戦える。」
その瞳は燃えていた。
◇
会議は深夜まで続いた。
索敵。
補給。
情報収集。
捕虜救出。
住民保護。
交易路確保。
全てが議論される。
誰か一人の指示ではない。
全員で作る計画だった。
◇
そして。
最後までケルナインはほとんど喋らなかった。
ただ聞いていた。
見ていた。
皆が考えている。
皆が成長している。
皆が判断している。
それで十分だった。
◇
会議終了後。
ケルナインは夜空を見上げた。
星が輝いている。
後ろからエミリーが歩いてくる。
「みんな強くなったな。」
彼女は言った。
ケルナインは頷く。
「そうだな。」
「俺がいなくても動ける。」
エミリーは笑った。
「それがあんたの望みだったんだろ?」
「そうだ。」
短い返事。
◇
環境が人を育てる。
才能が人を作るのではない。
環境が作る。
教育が作る。
仲間が作る。
責任が作る。
この村はそれを証明していた。
◇
翌朝。
索敵部隊五百名。
戦闘部隊五百名。
全員が広場に集まった。
誰一人として怯えていない。
誰一人として逃げようとしない。
守りたいものがあるからだ。
家がある。
家族がいる。
仲間がいる。
未来がある。
◇
ロバートが剣を掲げる。
エミリーが前へ出る。
セリナが資料を配る。
ミシェルが索敵網を展開する。
エレノア侯爵が正式支援を宣言する。
◇
村人たちは理解していた。
これは復讐ではない。
次の被害者を出さないための戦いだ。
◇
かつて貧困村だった集落は。
今や五千人を超える共同体となった。
農業革命を成し遂げた村。
紡織産業を持つ村。
教育を持つ村。
治療院を持つ村。
防衛力を持つ村。
そして。
仲間を守る意志を持つ村。
◇
黒幕は判明した。
次は終わらせる番だった。




