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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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56話 奴隷解放

朝日が村を照らしていた。


かつて奴隷商の檻に閉じ込められていた人々は、広場に集められていた。


老人。


女。


子供。


獣人。


エルフ。


ドワーフ。


魔族。


人族。


種族は様々だった。


共通しているのは一つだけ。


全員が奴隷商の被害者だった。


数日前まで、生きる希望すら失っていた者たちである。


広場の空気は静かだった。


怒号もない。


脅しもない。


鎖の音もない。


あるのは朝の風だけだった。


ケルナインは広場の前に立っていた。


だが演説をする気はない。


支配者になる気もない。


彼はただ事実を伝えるだけだった。


「お前たちは自由だ。」


静かな声だった。


だが広場全体に届く。


誰も言葉を返せなかった。


自由。


その言葉を何年ぶりに聞いた者もいる。


何十年ぶりに聞いた者もいる。


生まれて初めて聞いた子供もいた。


「村に残ってもいい。」


「出ていってもいい。」


「どこへ行くのも自由だ。」


「誰も止めない。」


沈黙。


長い沈黙。


奴隷だった人々は顔を見合わせた。


信じられなかった。


普通なら囲い込む。


労働力にする。


借金を背負わせる。


恩を売る。


支配する。


だが目の前の男は違った。


自由だと言った。


条件もない。


契約もない。


命令もない。


しばらくして。


一人の老人が立ち上がった。


「……残っても、いいのか。」


「好きにしろ。」


「働けなくてもか。」


「好きにしろ。」


「家がなくてもか。」


「作る。」


短い返答だった。


老人は泣いた。


言葉が出なかった。


その涙を見た女性が泣いた。


子供が泣いた。


広場全体に涙が広がる。


そして。


最初の一人が言った。


「ここに残りたい。」


続いて。


「私も。」


「俺もだ。」


「家族と暮らしたい。」


「ここがいい。」


「もう逃げたくない。」


次々と声が上がる。


結果は全員同じだった。


全員残留希望。


誰一人として出て行かなかった。


自由を与えられた結果。


全員がこの村を選んだのである。



数日後。


人口はさらに増えていた。


五千人を超えていた村はさらに膨れ上がる。


食料充足率。


二〇〇%超。


農業革命は止まらない。


畑は広がる。


収穫量は増える。


農民たちは土属性魔法を使いこなす。


光属性魔法で病害を抑える。


水属性魔法で灌漑する。


魔法農業は完全に軌道に乗っていた。


飢餓の心配はない。


それどころか余っている。


余剰食料は備蓄へ回る。


そして交易品にもなる。



次の課題は住居だった。


人が増えた。


当然家が足りない。


そこで建築部隊が動いた。


集合住宅。


百棟。


公衆浴場。


百棟。


土属性魔法。


石属性魔法。


構造理解。


建築技術。


職人技。


全てが合わさる。


建設速度は異常だった。


一週間後。


新しい街区が完成する。


整然と並ぶ集合住宅。


清潔な道路。


上下水路。


排水設備。


防火設備。


共同倉庫。


共同炊事場。


どれも過去の貧困村では考えられないものだった。



そして。


最も村人たちを喜ばせたのは公衆浴場だった。


巨大な浴場。


男湯。


女湯。


家族湯。


高齢者向け浴場。


子供向け浴場。


それぞれが整備される。


温水は水属性魔法。


加熱は火属性魔法。


浄化は光属性魔法。


清掃は超能力と魔法。


常に清潔。


常に快適。



その裏で活躍していた人物がいた。


エルフ薬師リーンである。


「これで完成です。」


リーンは机の上に白い塊を並べた。


石鹸だった。


大量生産型石鹸。


油脂。


灰。


薬草。


精製技術。


浄化技術。


全てを組み合わせた結果だった。



最初は失敗した。


臭い。


泡立たない。


肌が荒れる。


何度もやり直した。


薬師としての知識。


職人たちの知識。


ドワーフたちの助言。


全てを取り入れる。


そして完成した。



石鹸は爆発的に普及した。


村人全員に配られる。


子供たちが喜ぶ。


女性たちが喜ぶ。


高齢者も喜ぶ。


治療院も喜ぶ。


病気が減るからだ。



清潔。


それは贅沢ではない。


命を守る技術だった。


リーンはそれを理解していた。


だから大量生産を続けた。



夕方。


公衆浴場。


湯気が立ち上る。


笑い声が響く。



老人たちが肩まで浸かる。


「生き返るな。」


「まったくだ。」



子供たちは湯の中で騒ぐ。


親たちは笑う。


叱りながらも笑う。



女性たちは石鹸を試す。


「すごい泡。」


「髪が綺麗になる。」


「肌が滑らか。」



リーンはその様子を見て少し照れていた。


薬を作るのも好きだ。


だが。


誰かが幸せそうに笑う姿を見るのも好きだった。



男湯。


ロバートが豪快に笑う。


「広いな!」


「最高だ!」


ガイルも笑う。


「昔の俺たちじゃ考えられん。」


周囲も頷く。



かつて彼らは流民だった。


食えない冒険者だった。


居場所のない者たちだった。


それが今では違う。


家がある。


仲間がいる。


仕事がある。


未来がある。



エミリーも湯に浸かっていた。


狼耳を少し垂らしながら息を吐く。


「平和だな。」


その言葉にセリナが頷く。


「ええ。」


「平和です。」



二人は窓の外を見る。


夜の村。


灯りが並ぶ。


集合住宅。


浴場。


工房。


学校。


治療院。


農地。


倉庫。


全てが機能している。



誰か一人が支えている訳ではない。


皆が支えている。


皆が働いている。


皆が学んでいる。


皆が育っている。



環境が人を育てる。


ケルナインが信じ続けた言葉だった。



その夜。


新しく解放された元奴隷たちも湯に浸かっていた。


最初は恐る恐るだった。


湯が熱い。


気持ちいい。


石鹸が泡立つ。


体が綺麗になる。



ある女性が涙を流した。


誰にも見られないように。


静かに。



奴隷だった頃は風呂などなかった。


汚れた床。


汚れた水。


病気。


飢え。


恐怖。


それしかなかった。



今は違う。


温かい湯。


清潔な衣服。


安心して眠れる家。


優しい人々。


明日の食事。



女性は空を見上げた。


涙が止まらなかった。



そして小さく呟く。


「生きててよかった。」


その言葉は湯気の中へ消えていった。


だが。


同じ言葉を心の中で呟いた者は一人ではなかった。


この村には。


そんな人々が増え続けていた。







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