54話 肥料
奴隷商の拠点が消えた翌日。
村は勝利の余韻に浸ってはいなかった。
むしろ忙しくなっていた。
戦いは終わった。
救出も終わった。
資源回収も終わった。
だが、本当に重要なのはここからだった。
「後始末まで終わって初めて仕事は完了だ。」
そんな考え方が、この村には根付いている。
かつて貧困村だった頃には考えられなかった価値観だった。
今の村人たちは知っている。
放置された問題は、必ず将来の災害になる。
だから徹底的に処理する。
それが村のやり方だった。
防壁の上では作業が進んでいた。
奴隷商たちの首級が並べられていく。
村を襲い。
人を攫い。
子供を売り。
弱者を食い物にした者たち。
その末路だった。
目的は復讐ではない。
見せしめでもある。
「ここを襲えばこうなる。」
それを周辺の盗賊や奴隷商へ伝えるためだった。
ロバートは防壁を見上げる。
「二度と来ようと思わなくなるだろうな。」
隣のティグリスが頷く。
「むしろそれが目的だ。」
戦わないための準備。
抑止力。
村人たちはそれを理解していた。
一方で首から下は別処理となる。
死体をそのまま埋めるつもりはなかった。
理由は二つ。
一つは衛生。
もう一つはアンデッド対策だった。
この世界では死体は危険だ。
強い魔力が残る場所では死霊化することもある。
放置された戦場がアンデッドの巣になる例は珍しくない。
だから処理が必要だった。
農業区画の外れ。
専用に整備された処理場。
そこへ死体が運ばれていく。
作業を担当するのは光属性を持つ農民たちだった。
彼らは元々農民だ。
戦士ではない。
しかし教育を受けた。
魔法を学んだ。
文字を覚えた。
技術を身につけた。
今では光属性魔法の使い手でもある。
「準備完了。」
農民の一人が声を上げる。
周囲には数十人。
全員が魔力を練っていた。
「ピュリフィケーション。」
光が広がる。
柔らかな白光。
浄化の魔法。
アンデッド退治に使われることもある魔法だった。
しかし今は違う。
死体を浄化し。
有害な魔力を除去し。
安全な有機物へ変換する。
農業利用のための工程だった。
光が降り注ぐ。
黒い魔力が消える。
邪気が消える。
腐敗の原因も消える。
残るのは自然へ還る物質だけだった。
「これで安全だ。」
農民たちは慣れた様子で作業を進める。
以前なら考えられない光景だった。
魔法使いは特別な存在だった。
農民は農民だった。
今は違う。
農民も魔法を使う。
教師も魔法を使う。
鍛冶師も魔法を使う。
料理人も魔法を使う。
教育が常識を変えた。
浄化を終えた有機物は畑へ運ばれる。
農地へ混ぜ込まれる。
土が黒くなる。
栄養を吸収する。
土壌が豊かになる。
農業担当の責任者たちは目を輝かせていた。
「今年は凄い収穫になるぞ。」
「去年とは比較にならん。」
「畑が生き返ってる。」
土属性持ちの農民たちも協力する。
アースコントロール。
土を混ぜる。
耕す。
均す。
作業速度は過去の何十倍にもなっていた。
魔法と農業。
昔なら結びつかなかった。
今では当たり前だった。
農業革命は続いている。
水属性持ちは灌漑。
土属性持ちは耕作。
風属性持ちは害虫対策。
光属性持ちは浄化。
全員が役割を持つ。
それぞれの才能が活かされる。
環境が人を育てた結果だった。
午後。
マイケルは授業を行っていた。
生徒は百人近い。
年齢も種族も様々。
獣人。
エルフ。
人間。
魔族。
みな真剣に話を聞いている。
「大切なのは魔法じゃない。」
マイケルが言う。
「使い方だ。」
かつて泣き虫だった少年はもういない。
今の彼は教師だった。
「強い力を持っても考えなければ意味がない。」
生徒たちは頷く。
村の教育は単純な技術教育ではない。
考える力を育てる。
それが重要だった。
夕方。
トミーは帳簿を確認していた。
人口。
食料。
資材。
物流。
全てが増えている。
人口は五千人に迫ろうとしていた。
移住者は毎日のように来る。
噂が広がっているのだ。
奴隷商を倒した村。
飢えない村。
仕事がある村。
教育がある村。
魔法を学べる村。
そんな場所があると。
「そりゃ来るわな。」
トミーは苦笑する。
外の世界はまだ酷い。
盗賊がいる。
奴隷商がいる。
飢餓がある。
病がある。
戦争がある。
だから人は流れてくる。
そして流れてきた人々は変わる。
環境が変われば人は変わる。
それをトミーは何度も見てきた。
夜。
村の明かりが灯る。
工房ではベルンたちが鉄を加工していた。
農地では豊かな土が作られている。
学校では夜間授業が続いている。
治療院ではエルナたちが患者を診ている。
誰も怠けていない。
強制されているわけでもない。
自分で動いている。
それがこの村だった。
防壁の上には奴隷商たちの首級。
農地には豊かな土。
工房には大量の資源。
学校には学ぶ者たち。
治療院には救う者たち。
全てが繋がっている。
かつての貧困村はもう存在しない。
そこにあるのは成長し続ける共同体だった。
そして村人たちは知らない。
遠く離れた国々が。
この異常な発展を少しずつ知り始めていることを。
奴隷商を滅ぼした村。
魔法使いだらけの村。
誰も飢えない村。
人材が育ち続ける村。
その名が少しずつ周辺へ広がり始めていた。




