6話 病人の治療
朝。
村は静かだった。
静かすぎた。
活気が無い。
笑い声も少ない。
畑に出る者も少ない。
理由は簡単だった。
病人が多すぎる。
ケルナインは昨日の鑑定結果を思い出していた。
人口百三十二。
そのうち病人二十九。
軽症二十一。
重症八。
健康な村とは言えなかった。
エミリーが隣を歩く。
「まず何をするんですか?」
「病人を見る」
即答だった。
食料も重要。
防衛も重要。
教育も重要。
だが今は違う。
病人は働けない。
病人は学べない。
病人は戦えない。
まず治す。
それが最優先だった。
村の治療小屋。
中には何人もの病人が寝ていた。
老人。
子供。
女性。
全員顔色が悪い。
空気も重い。
湿気が多い。
臭いもある。
ケルナインは眉をひそめた。
「なるほど」
エミリーが聞く。
「何か分かったんですか?」
「全部だ」
そう言って病人達を見る。
鑑定。
病名が浮かぶ。
栄養失調。
肺炎。
腸炎。
寄生虫。
皮膚病。
汚染水による感染。
次々と表示される。
ケルナインはため息を吐いた。
「病気が原因じゃない」
「え?」
「環境が原因だ」
エミリーは黙る。
確かにそうだった。
村には井戸が一つしかない。
汚れている。
家畜も近い。
排水設備も無い。
手洗いの習慣も無い。
病気にならない方がおかしい。
ケルナインは病人の前に立つ。
最初は老人だった。
高熱。
咳。
呼吸困難。
普通なら死ぬ。
しかし。
ケルナインは右手を伸ばした。
光属性。
浄化。
治癒。
魔力操作。
体内を巡る魔力が流れる。
老人の身体へ入り込む。
病巣を探す。
炎症。
感染。
弱った肺。
すべて見える。
ケルナインは静かに呟いた。
「ピュリフィケーション」
淡い光が広がった。
次の瞬間。
老人の呼吸が変わる。
苦しそうだった胸が静かになる。
顔色が戻る。
熱も引いていく。
周囲が息を呑んだ。
「なっ……」
「嘘だろ……」
村人達が騒ぎ始める。
老人はゆっくり目を開いた。
「息が……吸える……」
涙が零れた。
三日前からまともに呼吸できなかった。
死を覚悟していた。
それが数秒で消えた。
エミリーも驚いている。
治癒魔法は知っている。
だがここまでではない。
ケルナインは気にしない。
次の患者へ向かう。
子供。
重度の腸炎。
栄養失調。
発熱。
治療。
浄化。
回復。
数分後。
泣く元気も無かった子供が起き上がった。
母親が泣き崩れる。
「ありがとうございます……」
「ありがとうございます……」
ケルナインは首を振る。
「礼はいらない」
「問題はこれからだ」
母親は意味が分からなかった。
しかしケルナインには見えていた。
治しても。
環境が変わらなければ再発する。
それでは意味が無い。
昼。
全ての病人を診察し終える。
重症八人。
全員回復。
軽症二十一人。
全員回復。
村人達は完全に言葉を失っていた。
奇跡だった。
神官ですらここまではできない。
エミリーが聞く。
「なんでそこまで治せるんですか」
ケルナインは答える。
「原因が見えるからだ」
それだけだった。
魔力操作。
鑑定。
治癒。
組み合わせれば可能。
だが本当の問題は別にある。
ケルナインは村人達を集めた。
「病気は治した」
歓声が上がる。
しかし。
ケルナインは続けた。
「半年後に同じことになる」
歓声が止まった。
静寂。
「なぜですか」
誰かが聞いた。
ケルナインは井戸を指差した。
「水」
次に家畜小屋。
「汚染」
次に排水路。
「管理不足」
さらに食事。
「栄養不足」
村人達は黙る。
全部当たっていた。
ケルナインは言う。
「病気を治すのは簡単だ」
「病気にならない環境を作る方が重要だ」
エミリーはその言葉を聞いていた。
初めてだった。
病気を治した後の話をする人間は。
普通なら称賛を受ける。
英雄になる。
しかしこの男は違う。
問題の根本を見る。
夕方。
治療小屋。
一人の少年が掃除をしていた。
マイケルだった。
治療が終わった後も残っている。
床を拭いている。
薬を整理している。
ケルナインは見ていた。
鑑定。
やはり同じ。
治癒適性S。
教育適性S。
共感能力S。
ケルナインは聞く。
「なぜ残っている」
マイケルは少し困った顔をした。
「困ってる人を見るのが嫌なんです」
「だから?」
「僕にできることをしたいんです」
ケルナインは少し笑った。
能力だけではない。
心もある。
治癒師の素質だった。
「明日から来い」
マイケルが固まる。
「え?」
「治療を教える」
「ぼ、僕がですか?」
「そうだ」
「無理です」
即答だった。
自信が無い。
それがマイケルだった。
ケルナインは首を振る。
「無理かどうかは俺が決める」
マイケルは呆然とした。
人生で初めてだった。
自分に期待する人間が現れたのは。
その様子をエルナが見ていた。
ハーフエルフの少女。
優しい。
誰にでも優しい。
病人達の世話をしている。
水を配る。
食事を配る。
話を聞く。
何時間でも。
ケルナインは彼女も鑑定する。
聖属性適性S。
治癒適性S。
精神安定A。
支援能力S。
やはりいた。
もう一人。
「お前も来い」
エルナが驚く。
「わ、私ですか?」
「そうだ」
「なんで?」
「向いている」
それだけだった。
エルナは困惑する。
何が向いているのか分からない。
しかし。
ケルナインには見えていた。
この村の未来が。
マイケルは治療師になる。
教師になる。
エルナは治療院を支える。
孤児達を守る。
二人ともまだ知らない。
自分の価値を。
夜。
エミリーは広場に座っていた。
村が変わっている。
少しずつ。
確実に。
昨日までは死を待っていた老人が歩いている。
子供が笑っている。
母親が泣いている。
そして。
ケルナインは何事も無かったように空を見ている。
英雄ではない。
王でもない。
支配者でもない。
ただ教える。
ただ育てる。
それだけ。
エミリーは初めて思った。
この男がいる限り。
村は変われるかもしれない。
いや。
変わる。
そんな予感がしていた。
そしてケルナインは静かに考える。
病人は治した。
次は水だ。
衛生だ。
食料だ。
教育だ。
問題は山ほどある。
だが絶望は無い。
鑑定結果は示している。
この村には人材がいる。
人がいる。
だから未来がある。
環境が変われば人は育つ。
その証明を。
これから始めるだけだった。




