50話:覚醒者続々
春の終わり。
かつて貧困村と呼ばれていた土地は、もはや誰もそう呼ばなくなっていた。
人口四千五百人。
農地は地平線まで広がる。
倉庫群は増築を繰り返し、工房街からは朝から晩まで金属を打つ音が響いている。
学校。
治療院。
鍛冶場。
紡績工房。
魔道具工房。
全てが動いていた。
誰か一人の命令ではない。
働く人間が増えたからでもない。
学ぶ人間が増えたからだった。
環境が人を育てる。
その言葉が、もはや理念ではなく現実になっていた。
◇
魔道具工房。
ベルンは巨大な木箱を見ていた。
中には大量のマジックバッグが並んでいる。
十個。
百個。
二百個。
三百個。
そして。
六百個。
「全部完成したぞ。」
職人たちが笑う。
ドワーフ。
ヒューマン。
エルフ。
獣人。
種族は関係ない。
全員が魔道具技師だった。
半年ほど前まで農民だった者。
元冒険者。
流民。
難民。
様々な人間が職人として育っていた。
その結果が六百個のマジックバッグだった。
◇
倉庫前。
ロバートが木箱を確認する。
「全部か?」
「全部です。」
「六百個。」
「戦闘部隊と索敵部隊向けです。」
ロバートは頷いた。
戦闘部隊三百人。
索敵部隊三百人。
ちょうど全員分。
実に分かりやすい。
職人たちは戦場を知らない。
しかし現場が何を必要としているか理解していた。
だから作る。
必要だから作る。
それだけだった。
◇
マジックバッグの効果は大きかった。
食料。
薬品。
予備武器。
防寒具。
水。
全て収納できる。
索敵部隊は行動半径が三倍になった。
戦闘部隊は補給部隊なしで長期間活動できる。
ロバートは笑った。
「便利だな。」
副官のティグリスも笑う。
「もう荷車いらねぇな。」
「本当にそうだ。」
現場の負担が減る。
それは戦力の増加と同じだった。
◇
工房街ではさらに大きな変化が起きていた。
魔道具技師。
その覚醒者が増え続けていた。
千人突破。
もはや珍しくない。
工房へ行けば誰かが魔道具を作っている。
学校へ行けば教材用魔道具を作る教師がいる。
農地へ行けば農業用魔道具を作る農民がいる。
生活の中に魔道具が入り込んでいた。
◇
紡績工房。
リーザが新しい織機を見ていた。
魔力駆動。
念動補助。
高速運転。
従来の三倍。
布が生産される。
服が作られる。
毛布が作られる。
人口増加に対応できる。
「本当に変わったわ。」
リーザは呟く。
隣の女性職人も頷いた。
「昔は服一着作るのに何日もかかったからね。」
今は違う。
魔法。
超能力。
技術。
教育。
全部が噛み合っていた。
◇
人口は増え続けていた。
四千。
四千二百。
四千三百。
四千五百。
数字は毎週更新される。
村の外から人が来る。
理由は単純だった。
食える。
学べる。
働ける。
安全。
この四つが揃っていた。
◇
興味深かったのは移民だった。
到着初日。
読み書きを学ぶ。
魔力循環を学ぶ。
魔力操作を学ぶ。
二日目。
魔法を使う。
もはや珍しい光景ではなかった。
「ファイアバレット!」
若い移民が火球を飛ばす。
周囲の教師たちは特に驚かない。
普通だからだ。
教育を受ければできる。
それを皆知っている。
◇
教師の数も増えていた。
百人。
二百人。
五百人。
そして千人突破。
かつては教師不足だった。
今は違う。
学んだ者が教える。
教えた者がさらに教える。
知識が増殖している。
◇
学校。
マイケルは教室を見渡した。
百人近い生徒。
年齢も様々。
子供。
大人。
老人。
種族も違う。
それでも学ぶ。
文字。
計算。
魔法。
超能力。
農業。
工業。
治療。
戦闘。
必要なことを学ぶ。
◇
「先生!」
生徒が手を上げる。
「どうした?」
「風魔法できました!」
小さな風が発生する。
教室中が笑った。
拍手が起きる。
成功したから。
努力したから。
それだけで十分だった。
◇
エルナは治療院で新人を指導していた。
治癒師の数も増えている。
薬師も増えている。
病で死ぬ人間は激減した。
怪我で働けなくなる人間も減った。
かつての貧困村では考えられない。
◇
リーンも薬草工房で忙しく働いていた。
薬師たちが増えている。
教導スキルの影響も大きい。
教えれば育つ。
育った者が教える。
その循環が止まらない。
◇
夕方。
セリナは報告書を眺めていた。
人口四千五百三十二人。
識字率八十二パーセント。
教師千三十四人。
治癒師四百七十二人。
魔道具技師千百三十六人。
数字が並ぶ。
そして笑った。
「人材が人材を育ててる。」
誰か一人が引っ張っている訳ではない。
村そのものが育成装置になっていた。
◇
夜。
空では飛行部隊が巡回する。
地上では職人が働く。
学校では夜間授業が続く。
治療院には灯りがついている。
魔道具工房では新しい設計図が描かれる。
誰も止まらない。
誰も命令されていない。
必要だから動く。
学んだから動く。
育ったから動く。
それがこの村だった。
かつて貧困に苦しんだ土地。
病に怯えた土地。
人攫いに震えた土地。
今は違う。
四千五百人が学び。
四千五百人が育ち。
四千五百人が次の人材を育てている。
環境が人を育てる。
その証明は、もはや誰にも否定できないほど大きくなっていた。




