49話:空と念話
人攫い事件から一か月。
村はさらに変化していた。
それも戦争による変化ではない。
教育による変化だった。
かつて貧困村だったこの土地には、今や三千人を超える住民が暮らしている。
農民。
職人。
冒険者。
治療師。
商人。
教師。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
魔族。
様々な者たちが集まり、学び、働き、生きていた。
そして今。
村全体で新たな変化が起きていた。
超能力の覚醒である。
◇
最初に気付いたのは索敵部隊だった。
「聞こえる。」
若い獣人の少女が呟いた。
隣にいた仲間が首を傾げる。
「何が?」
「頭の中。」
その瞬間。
声が聞こえた。
『聞こえる?』
少女は飛び上がった。
目の前の仲間は口を動かしていない。
しかし声は聞こえる。
頭の中に。
『聞こえてる!』
『やっぱり!』
『成功した!』
念話。
テレパシーだった。
その報告は瞬く間に広がった。
◇
同じ頃。
農地でも変化が起きていた。
鍬を持った農民が首を傾げる。
遠くに置いていた木箱が動いた。
最初は風だと思った。
違った。
再び意識する。
木箱が浮く。
ゆっくり。
確実に。
そして自分の元へ移動してきた。
「……あれ?」
周囲の農民たちも驚く。
しかし翌日には十人。
三日後には百人。
一週間後には数百人。
同じ現象が起きていた。
テレキネシス。
念動力。
物を遠隔で動かす超能力。
◇
村役場。
セリナが報告書を確認していた。
数字が並ぶ。
テレパシー覚醒者。
三千百四十二名。
テレキネシス覚醒者。
三千百四十二名。
全住民。
全員だった。
セリナは苦笑する。
「もはや驚く段階じゃないわね。」
隣のロバートも頷いた。
確かに異常だ。
だが理由は分かる。
毎日。
魔力を使う。
毎日。
訓練する。
毎日。
考える。
毎日。
学ぶ。
魔法と超能力の差は小さい。
教育が続けば開花する。
それだけだった。
◇
面白かったのは村人たちの反応だった。
誰も英雄になろうとしない。
誰も神託だと騒がない。
使えるなら使う。
それだけ。
農民は農業で使う。
職人は仕事で使う。
教師は教育で使う。
生活の延長だった。
◇
最も変化したのは物流だった。
荷車置き場。
巨大な木箱が並んでいる。
以前なら十人で運んでいた荷物。
今は違う。
数人が手をかざす。
木箱が浮く。
ゆっくり移動する。
「右。」
「了解。」
念話で意思疎通。
声すら必要ない。
木箱は倉庫へ運ばれる。
荷下ろし時間は半分以下になった。
トミーは満足そうだった。
「こりゃ革命だな。」
商人として理解していた。
物流が変わる。
世界が変わる。
◇
さらに大きかったのは職人たちだった。
鍛冶場。
木工所。
石工所。
紡績工房。
あらゆる職場で共通の現象が起きていた。
魔道具技師。
そのスキル覚醒者が急増したのだ。
百人。
二百人。
五百人。
そして。
千人突破。
誰かが叫んだ。
「また増えたぞ!」
鍛冶師たちは笑った。
職人たちは喜んだ。
この村では職人は尊敬される。
だから才能が伸びる。
◇
ベルンは新しい弟子を見ていた。
十六歳。
元農民。
半年前なら鉄も触ったことがない。
今は違う。
魔力回路を理解している。
魔道具設計図を読める。
魔石の加工もできる。
ベルンは笑った。
「本当に人は育つな。」
隣でガイルも頷く。
「環境だ。」
「才能だけじゃねぇ。」
ドワーフたちも同意した。
この村の強さはそこだった。
育てる。
それができる。
◇
結果として新産業が誕生した。
魔導灯。
魔導通信機。
魔導冷蔵庫。
魔導水車。
魔導織機。
紡織産業は急拡大した。
布の生産量は三倍。
服の供給量も急増。
流民たちは初めてまともな服を着た。
子供たちも冬を越えられる。
豊かさは少しずつ形になる。
◇
一方。
戦闘部隊。
こちらも大きく変わっていた。
風属性。
身体強化。
魔力循環。
そして超能力。
長期間の訓練の結果。
全戦闘員三百人が飛行魔法を習得した。
◇
訓練場。
エミリーが空へ飛ぶ。
後ろには五十人。
さらに五十人。
さらに五十人。
合計三百人。
空を埋める戦士たち。
かつての貧困村では考えられない光景だった。
「隊列維持!」
エミリーの声が響く。
全員が飛ぶ。
全員が念話で繋がる。
全員が魔法を使える。
◇
リーヴが笑った。
「便利になったな。」
「現場まで走らなくていい。」
隣のティグリスも頷く。
以前なら半日。
今は十分。
索敵部隊が発見。
念話で共有。
戦闘部隊が飛行。
即応。
もはや周辺の盗賊は逃げられない。
◇
夕方。
高台。
セリナが村を見る。
灯り。
工房。
畑。
訓練場。
学校。
治療院。
全てが動いている。
誰か一人が動かしている訳ではない。
三千人が動いている。
三千人が学んでいる。
三千人が考えている。
そして三千人が成長している。
それがこの村だった。
かつての世界は才能を信じていた。
才能がある者だけが強い。
そう考えていた。
違った。
才能は育つ。
教育で育つ。
環境で育つ。
学びで育つ。
この村はその証明になりつつあった。
空では飛行部隊が巡回している。
地上では職人が魔道具を作る。
農地では豊かな実りが揺れる。
そして念話網によって三千人が繋がっている。
もうここは貧困村ではない。
人材を育てる都市だった。
環境が人を育てる。
その理念は今、誰の言葉でもなく。
村そのものになっていた。




