46話:失踪事件
その異変に最初に気付いたのは、治療院だった。
朝。
エルナが出勤簿を確認していた時だった。
「あれ……?」
手が止まる。
村の若い女性が三人来ていない。
病気かと思った。
しかし違う。
家にも戻っていない。
家族も困惑していた。
「昨日の夕方まではいたんです。」
「夜には帰ると言っていたんですが……」
不自然だった。
村の人口は三千人を超えている。
人の出入りも増えた。
それでも、この村では失踪は珍しい。
なぜなら索敵網があるからだ。
エルナはすぐに治療院を飛び出した。
◇
数十分後。
緊急会議が開かれる。
集まったのはセリナ。
ロバート。
ミシェル。
エミリー。
リーヴ。
ティグリス。
そして各索敵部隊。
「確認できている失踪者は五人。」
セリナが報告する。
部屋の空気が冷える。
五人。
偶然ではない。
事件だった。
ロバートが立ち上がる。
「索敵開始だ。」
即座に全員が動いた。
◇
村の空。
ミシェル率いる鳥人族部隊が飛ぶ。
風属性魔法。
索敵魔法。
透視。
念聴。
遠隔透視。
訓練を重ねた部隊だった。
昔の彼らなら出来なかった。
今は違う。
教育された。
鍛えられた。
環境が人を変えた。
◇
同時刻。
地上。
索敵隊が念話網を構築する。
テレパシー。
遠距離通信。
各隊が位置情報を共有する。
森。
川。
街道。
廃村。
山岳地帯。
全方向へ部隊が広がる。
◇
昼過ぎ。
最初に異変を見つけたのは若い索敵兵だった。
「……いた。」
森の奥。
廃坑近く。
複数の反応。
拘束された女性たち。
そして武装した男たち。
男は震える声で念話を送った。
『発見。』
『発見しました。』
一瞬で通信網に情報が流れる。
◇
ロバートが立ち上がる。
『位置を送れ。』
『了解。』
地図に場所が表示される。
ロバートが笑った。
「見つけたぞ。」
◇
エミリーが立ち上がる。
狼耳が揺れる。
目が鋭くなる。
「全員。」
防衛隊が集まる。
「出る。」
短い命令。
それだけで十分だった。
◇
リーヴも槍を持つ。
「第二隊出撃。」
狼獣人たちが並ぶ。
彼女たちは知っている。
攫われた女たちを放置すればどうなるか。
奴隷。
売買。
暴力。
死。
だから許さない。
◇
森。
人攫いたちは笑っていた。
「今回は当たりだな。」
「若い女ばかりだ。」
「高く売れる。」
下卑た笑い。
その時だった。
風が吹く。
男たちが顔を上げる。
「なんだ?」
次の瞬間。
『テレキネシス。』
森全体から声が響いた。
◇
人攫いの身体が浮く。
「なっ!?」
腕が動かない。
脚が動かない。
首が回らない。
空中に固定される。
完全拘束。
訓練を重ねた村の防衛隊だった。
一人ではない。
二十人。
三十人。
全員で同時に発動する。
集団テレキネシス。
◇
「ば、馬鹿な!」
人攫いが暴れる。
動かない。
動けない。
さらに拘束が重なる。
縄。
影。
土壁。
氷檻。
拘束魔法。
拘束超能力。
次々と重なる。
◇
その中をエミリーが歩く。
狼獣人の女戦士。
かつては一人で村を守ろうとしていた。
今は違う。
後ろには仲間がいる。
隊がある。
村がある。
「女たちを確認しろ。」
「怪我人優先。」
冷静な指示。
◇
リーヴが女性たちを解放する。
「大丈夫です。」
「助けに来ました。」
女性たちは泣き崩れる。
◇
その時。
一人の人攫いが隠し短剣を抜いた。
「死ね!」
エミリーへ向かう。
◇
瞬間。
ズドン。
土の杭が地面から生える。
男が転倒。
ティグリスだった。
虎獣人の女戦士。
「動くな。」
低い声。
さらに。
アースウォール。
男を囲む。
完全封鎖。
◇
「終わりだ。」
ロバートが到着する。
大剣を肩に担ぐ。
人攫いたちは青ざめた。
彼らは理解した。
相手が悪かった。
◇
かつての村なら違った。
守れなかった。
追えなかった。
探せなかった。
助けられなかった。
だが今は違う。
索敵部隊。
通信網。
防衛隊。
訓練。
教育。
全てが機能していた。
◇
夕方。
村へ戻る。
助け出された女性たち。
捕縛された人攫いたち。
長い列ができる。
村人たちが見守る。
怒り。
安堵。
様々な感情が混ざる。
◇
治療院。
エルナが女性たちを診察する。
マイケルもいる。
リーンもいる。
誰も死んでいない。
重傷者もいない。
完全救出だった。
◇
広場。
ロバートが報告する。
「全員保護。」
歓声が上がる。
「人攫いは全員捕縛。」
さらに歓声。
◇
エミリーは静かに空を見る。
昔なら守れなかった。
今は守れた。
それは自分が強くなったからではない。
村が強くなったからだった。
◇
少し離れた場所。
ケルナインは何も言わず見ていた。
彼は戦っていない。
命令もしていない。
ただ育てた。
それだけだった。
だが育った者たちが人を救った。
それで十分だった。
◇
夜。
村には再び平穏が戻る。
見張り塔の灯り。
巡回する防衛隊。
空を飛ぶ索敵部隊。
治療院の灯火。
全てが繋がっている。
人を守る仕組み。
それこそがケルナインの目指したものだった。
環境が人を育てる。
育った人が誰かを守る。
そして守られた者が、また誰かを育てる。
その循環は確実に広がっていた。
かつて貧困と病に苦しんだ村は、今や人攫いすら逃がさない共同体へと変わっていた。




