44話:実りの夜
朝。
村の防衛訓練場には六個小隊が整列していた。
エミリー隊。
ロバート隊。
ソフィア隊。
カタリナ隊。
リーヴ隊。
ティグリス隊。
今や村の戦力は二百名を超えている。
戦闘員だけではない。
農民。
職人。
商人。
薬師。
非戦闘員も定期訓練へ参加していた。
かつて盗賊に怯えていた貧困村。
今は違う。
守られる村ではない。
自ら守る村だった。
前へ出たのはロバートだった。
巨大な魔族の戦士。
将軍スキル保持者。
村人たちは自然と姿勢を正す。
「今日もテレキネシス訓練だ。」
静寂。
「相手はメタルリザード。」
ざわめきが起きた。
メタルリザード。
金属質の鱗を持つ大型魔物。
全長三メートル。
硬い。
重い。
素早い。
普通なら討伐に苦労する相手だった。
ロバートが笑う。
「だからこそ練習になる。」
◇
森。
索敵隊が先行する。
ミシェル。
リリー。
飛行索敵班。
上空から念話が届く。
「発見。」
「群れです。」
「二十七体。」
エミリーが目を細めた。
「多いわね。」
ロバートは頷く。
「だからいい。」
◇
メタルリザードの群れが現れた。
銀色の鱗。
鋭い牙。
太い尾。
新人たちは息を呑む。
普通なら逃げる相手だった。
ロバートが叫ぶ。
「捕縛開始!」
一斉に魔力が動く。
テレキネシス。
見えない力が魔物へ集中した。
しかし。
重い。
持ち上がらない。
メタルリザードは暴れる。
地面を掘る。
走る。
尾を振る。
新人たちが押し負ける。
「無理だ!」
「重い!」
「止まらない!」
ロバートが怒鳴った。
「一人で止めるな!」
「十人で止めろ!」
その瞬間だった。
理解が広がる。
十人。
二十人。
三十人。
力を合わせる。
すると。
巨大な魔物が浮いた。
一体。
二体。
三体。
次々に浮く。
「できた!」
歓声が上がる。
◇
エミリー隊が動く。
狼獣人の嗅覚。
判断力。
統率。
見事だった。
「左!」
「右固定!」
「脚を止める!」
隊員たちが反応する。
連携。
拘束。
固定。
メタルリザードが地面へ押し付けられる。
完全制圧。
ソフィアが笑った。
「面白い!」
巨大な斧槍を担ぐ鬼人の美女。
しかし今日は武器を使わない。
彼女もテレキネシスだけだった。
「力だけじゃないな。」
「頭も使う。」
カタリナも笑う。
「戦い方が変わる。」
◇
午後。
訓練はさらに激しくなった。
六小隊同時運用。
一体を拘束。
次を拘束。
さらに拘束。
流れるような連携。
まるで巨大な網だった。
メタルリザードたちは逃げられない。
傷も少ない。
素材も最高品質。
防具工房が喜ぶ。
鍛冶工房が喜ぶ。
村全体の利益になる。
ロバートは満足そうだった。
「強いだけじゃ駄目だ。」
村人たちが聞く。
「利益を生む戦いを覚えろ。」
それがこの村の戦い方だった。
◇
夕方。
狩り隊が帰還する。
メタルリザード二十七体。
過去最大。
大歓声が上がった。
しかし。
今日の主役は別だった。
◇
醸造工房。
グラン。
バルド。
リーン。
三人は何日も研究を続けていた。
原因不明だった。
なぜ酒が美味くなるのか。
なぜパンが膨らむのか。
なぜ香りが変わるのか。
リーンが薬師として調べた。
グランが発酵を研究した。
バルドが酒を造り続けた。
そして。
答えを見つけた。
酵母だった。
目に見えない小さな命。
それが味を変えていた。
◇
パン工房。
焼き上がったパンが並ぶ。
村人たちが集まる。
香りが違う。
明らかだった。
「いい匂い。」
「何だこれ。」
「すごい。」
焼き上がる。
切る。
中がふわふわだった。
食べる。
静寂。
次の瞬間。
歓声。
「うまい!」
「柔らかい!」
「今までと全然違う!」
「信じられない!」
子供たちが笑う。
老人が涙ぐむ。
かつては固い黒パンだった。
今は違う。
白く柔らかい。
香ばしい。
豊かなパンだった。
◇
リーンは少し照れていた。
エルフの美女薬師。
「わ、私は少し調べただけです。」
グランが笑う。
「違うな。」
バルドも笑う。
「お前さんがおらんかったら分からんかった。」
リーンは耳を赤くした。
周囲が笑う。
村の空気は暖かかった。
◇
夜。
広場。
巨大な焚火。
肉。
パン。
野菜。
果実酒。
麦酒。
蒸留酒。
酒造職人バルドが作った酒が並ぶ。
村人たちは驚いた。
「配るのか?」
「全部か?」
バルドが笑う。
「祝いだ!」
歓声。
爆発する。
◇
酒が配られる。
パンが配られる。
肉が配られる。
皆が笑う。
皆が食べる。
皆が飲む。
子供たちは走る。
老人たちは昔話をする。
職人たちは成果を語る。
戦士たちは訓練を語る。
◇
エミリーが酒杯を掲げた。
「乾杯!」
歓声。
村中から声が上がる。
「乾杯!」
酒が飲まれる。
笑顔が広がる。
◇
セリナは静かに広場を見ていた。
ダークエルフの美女。
冷静な彼女も少し微笑む。
隣にはトミー。
「売れるな。」
トミーが言う。
「このパン。」
「この酒。」
「絶対売れる。」
セリナは頷いた。
「ええ。」
「村の未来になる。」
◇
少し離れた場所。
ケルナインは静かに座っていた。
騒ぎの中心にはいない。
昔からそうだった。
英雄ではない。
指導者だった。
彼が見ているのは人だった。
エミリー。
ロバート。
マイケル。
リーン。
グラン。
バルド。
トミー。
セリナ。
皆が育っている。
皆が自分で考えている。
皆が自分で前へ進んでいる。
それが一番大切だった。
◇
焚火の火が夜空を照らす。
笑い声。
歌声。
酒の香り。
焼き立てのパンの香り。
かつて病と飢えに苦しんだ村。
盗賊に怯えた村。
未来を諦めていた村。
その面影はもうない。
今日の村には。
力がある。
技術がある。
仲間がいる。
食べ物がある。
未来がある。
そして何より。
人が育っている。
環境が人を育てる。
その言葉を証明するように。
豊かな夜は更けていった。




