41.5話:防衛隊始動
朝靄がまだ森の上に残っている。
夜明け前。
村はすでに動き始めていた。
防衛隊設立から三日。
住民たちの生活は大きく変わっていた。
かつては魔物が出れば慌てて逃げ回っていた。
盗賊の噂が流れれば怯えていた。
今は違う。
訓練された者たちがいる。
索敵網がある。
防衛隊がある。
そして何より。
村人全員が戦える。
それが大きかった。
◇
訓練場。
百名以上の住民が集まっていた。
戦闘員。
農民。
職人。
薬師。
仕立職人。
料理人。
全員である。
「開始!」
ロバートの号令が響く。
一斉に魔力が立ち上がった。
ファイアバレット。
ウォーターバレット。
ウィンドバレット。
ソイルバレット。
ストーンバレット。
ホーリーバレット。
ダークバレット。
シャドウバレット。
色とりどりの魔法が空を埋める。
以前なら考えられない光景だった。
魔法は一部の才能ある者だけの力。
そう信じられていた。
今では違う。
村人の九九パーセント以上が魔法を扱う。
二属性以上保持者は八割を超えた。
三属性持ちも珍しくない。
五属性保持者も増え始めている。
ケルナインが教えたのは魔法ではない。
学び方だった。
それが全てを変えた。
◇
「マスク!」
ロバートが叫ぶ。
住民たちが同時に発動する。
水。
風。
土。
氷。
影。
様々な属性が空中で形を作る。
顔面を覆う仮面。
窒息魔法。
呼吸を封じるための技術。
敵を傷つけず制圧するための技術だった。
水属性班。
透明な水の膜が人形の顔を覆う。
風属性班。
空気の圧力で呼吸を封じる。
土属性班。
薄い土壁が口と鼻を塞ぐ。
影属性班。
黒い影が顔面へ絡みつく。
「解除!」
一斉に解除。
全員が繰り返す。
素材を傷つけない。
魔物を無駄にしない。
それも村の教えだった。
◇
少し離れた空。
五十人以上の人影が飛んでいた。
索敵隊。
隊長ミシェル。
副長リリー。
風属性。
レビテーション。
索敵魔法。
念聴。
遠隔透視。
様々な能力が組み合わされている。
ミシェルは空中で静止した。
翼を広げる。
風を読む。
気配を探る。
「北東十五キロ。」
念話が飛ぶ。
全員へ共有される。
「キラースパイダーの群れ。」
リリーが反応する。
「数は?」
「三十前後。」
「討伐隊を出します。」
即座に連絡。
地上では既に動き始めていた。
◇
エミリー隊。
ティグリス隊。
ソフィア隊。
三個小隊が出撃する。
走る。
速い。
全員が身体強化を使える。
筋肉強化も使える。
数か月前の彼らとは別人だった。
森へ到着。
キラースパイダーが現れる。
大型犬ほどの巨体。
鋭い牙。
強力な毒。
普通の村なら恐怖の対象。
しかし。
「ソイルバレット!」
ティグリスが放つ。
巨大な土弾。
蜘蛛の足を吹き飛ばす。
「ウィンドバレット!」
リーヴが続く。
風刃が飛ぶ。
関節だけを切断。
素材は傷つけない。
「シャドウバインド!」
ロバート。
影が蜘蛛を拘束する。
逃げられない。
「ウォーターマスク!」
若い村人が発動。
蜘蛛の顔面を水が覆う。
暴れる。
もがく。
呼吸できない。
数分後。
静かになった。
「討伐完了!」
歓声。
死者ゼロ。
負傷者ゼロ。
以前ならあり得なかった戦果だった。
◇
その日の夕方。
紡織工房。
大量の魔糸が運び込まれていた。
ポイズンスパイダー。
キラースパイダー。
グリーンキャタピラー。
そこから採取される糸は非常に強い。
普通の布の数倍。
魔力伝導率も高い。
職人たちが働いている。
糸車が回る。
織機が鳴る。
魔法布が次々完成していく。
「すごい量ね。」
セリナが呟く。
職人が笑った。
「まだ足りませんよ。」
「注文が多すぎる。」
村は成長している。
住民も増えている。
需要は無限だった。
◇
仕立工房。
魔法布がローブになる。
マントになる。
戦闘服になる。
防寒具になる。
職人たちの手は止まらない。
エルフたちも参加していた。
リーザ。
リーブ。
リーン。
皆が真剣な顔で働いている。
かつて森で暮らしていた彼女たちが、今では立派な職人だった。
◇
薬房。
大量の毒袋が並んでいる。
リーンが指示を飛ばす。
浄化。
精製。
抽出。
毒は薬になる。
解毒薬になる。
治療薬になる。
高級品になる。
「また在庫が増えたわ。」
「足りないくらいです。」
助手が笑う。
交易商人が買い占めていくのだ。
◇
厨房。
巨大な鍋が並ぶ。
ポイズンスパイダーの肉。
浄化済み。
毒は完全除去。
香草。
野菜。
塩。
一緒に煮込まれる。
濃厚な香りが広がった。
「うまい!」
「最高だ!」
子供たちが歓声を上げる。
昔は飢えていた。
今では肉が余る。
環境が変わった。
だから人も変わった。
◇
夜。
広場。
住民たちが集まっていた。
笑顔。
活気。
希望。
ロバートはその光景を見ていた。
静かに。
そして理解する。
将軍スキルがまた成長していた。
戦争のためではない。
支配のためでもない。
守るため。
育てるため。
人を生かすため。
それがこの村の軍だった。
遠く。
ケルナインは一人で空を見上げる。
何も言わない。
指示もしない。
ただ見守る。
村人たちは自分で考え。
自分で動き。
自分で成長している。
それこそが理想だった。
貧困村は消えた。
代わりに生まれたのは。
人が育つ村。
人材が育つ村。
そして。
誰も簡単には奪えない村だった。




