40話:変化
朝。
村は今日も活気に満ちていた。
かつて貧困と病に苦しんでいた村とは思えない。
畑では農民達が働き。
工房では職人達が汗を流し。
訓練場では戦闘員達が魔法を撃ち合っている。
人口五百三十八名。
食料充足率百五十七%。
病人ほぼゼロ。
飢餓ゼロ。
盗賊被害ゼロ。
わずか一年にも満たない期間で起きた変化だった。
そして。
最近になってさらに奇妙な現象が起きていた。
「……また背が伸びた。」
エミリーが呟く。
訓練場の脇。
木製の測定板を見ていた。
以前より明らかに高い。
筋肉の付き方も違う。
身体強化。
魔力循環。
魔力操作。
毎日の訓練。
大量の食事。
十分な睡眠。
健康な環境。
それらが積み重なった結果だった。
獣人らしいしなやかな筋肉。
引き締まった身体。
強さと美しさを兼ね備えた姿。
周囲でも似た現象が起きている。
ソフィアはさらに迫力を増していた。
もともと大柄だった鬼人の女性は、まるで戦神のような存在感を放っている。
カタリナも同じだった。
巨大な矛を軽々と扱う姿は、もはや伝説級の戦士そのものだ。
女性達は皆健康的な美しさを手に入れていた。
男達も同様だった。
ロバート。
ティグリス。
ガイル。
マイケル。
全員が以前より一回り大きくなっていた。
ロバートは魔族らしい頑強な体躯へ。
ガイルは岩のような筋肉を纏う戦士へ。
マイケルもかつての弱々しさを感じさせない青年へ成長している。
そして。
ティグリスも大きく変わっていた。
虎獣人の女性らしいしなやかな筋肉。
長い脚。
均整の取れた体格。
毎日の身体強化訓練と魔力循環によって、以前とは別人のような迫力を纏っている。
巨大な戦斧を肩に担ぐ姿は、もはや歴戦の女戦士そのものだった。
そんな彼らを。
新しく来た冒険者達が羨望の目で見ていた。
「なんなんだよ……この村。」
「全員強そうじゃねぇか。」
「しかも美男美女ばかりだ。」
「本当に同じ人間か?」
彼らは知らない。
この村がどれだけ訓練しているかを。
どれだけ食事を改善したかを。
どれだけ病を無くしたかを。
どれだけ学んだかを。
才能ではない。
積み重ねだった。
その頃。
紡織工房。
大量の魔糸が運び込まれていた。
ポイズンスパイダー。
キラースパイダー。
大型蜘蛛。
討伐した魔物達から採取した素材である。
工房長が叫ぶ。
「次!」
「糸を回せ!」
「止めるな!」
大量の糸車が回転する。
魔糸は普通の糸ではない。
丈夫。
軽量。
耐魔力性が高い。
加工もしやすい。
最高級素材だった。
エルフ。
ドワーフ。
人間。
獣人。
様々な種族が協力しながら作業を進めていく。
数日後には巨大な布の山が出来ていた。
そして。
その隣。
仕立工房。
大量の布が加工されていた。
ローブ。
外套。
マント。
作業服。
防寒着。
訓練着。
冒険者装備。
次々に完成していく。
「この布すごいわ。」
「軽い。」
「丈夫。」
「しかも魔法が通りやすい。」
職人達が興奮していた。
以前なら高価すぎて王都でも手に入らない品質。
今では量産されている。
それがこの村だった。
さらに。
薬房。
そこでは別の革命が起きていた。
大量の毒袋。
蜘蛛から採取した素材。
薬師リーンが叫ぶ。
「浄化!」
光が走る。
毒が分離される。
精製される。
浄化される。
解毒薬の原液が出来上がる。
周囲の薬師達も続く。
「浄化!」
「精製!」
「浄化!」
次々に薬が完成していく。
棚が埋まる。
倉庫が埋まる。
解毒薬が余り始める。
「これ王都に売ったら大金ですね。」
「そうね。」
リーンが微笑む。
以前なら命懸けで採取した素材。
今は村人達が大量に持ち帰ってくる。
時代が変わっていた。
防具工房でも同じだった。
蜘蛛の外骨格。
強靭な甲殻。
それらが加工されていく。
胸当て。
肩当て。
籠手。
脚甲。
盾。
次々に完成する。
ベルンが笑った。
「最高の素材だ。」
「ドワーフにも負けんぞ。」
周囲の弟子達が笑う。
競争がある。
だから成長する。
それもまた教育だった。
昼。
厨房。
巨大な鍋が並んでいた。
中では蜘蛛肉が煮込まれている。
普通なら食べない。
だが。
浄化すれば話は別だった。
毒は消える。
旨味だけが残る。
さらに魔力も豊富。
栄養価も高い。
最高級食材だった。
料理人達が味見する。
「うまい。」
「うますぎる。」
「また改良できそうだ。」
大鍋が並ぶ。
スープが出来上がる。
村人達が集まる。
笑顔が広がる。
貧困村だった面影はどこにも無い。
午後。
訓練場。
ここでは新たな研究が行われていた。
目的は一つ。
素材を傷つけない討伐。
前に出たのはマイケルだった。
「今日はマスク魔法です。」
新人達が並ぶ。
ケルナインは少し離れた場所から見ている。
口は出さない。
教えるのは弟子達の役目だった。
マイケルが説明する。
「蜘蛛の素材は高価です。」
「肉も使います。」
「だから切り刻むのは効率が悪い。」
全員が頷く。
その通りだった。
そこで考案されたのがマスク魔法。
水。
風。
土。
影。
光。
何でもいい。
顔面を覆えればいい。
呼吸を止められればいい。
マイケルが実演する。
ウォーターマスク。
水が人形の顔を覆う。
完全密閉。
次に。
ウィンドマスク。
空気の流れを逆転させる。
呼吸不能。
さらに。
シャドウマスク。
影が顔を覆う。
脱出困難。
新人達が歓声を上げる。
「すげぇ。」
「これ素材傷つかない。」
「肉も残る。」
「効率いい。」
その通りだった。
戦うための魔法ではない。
資源を守るための魔法。
この村らしい発想だった。
夕方。
ロバートが笑う。
「昔なら信じられねぇな。」
横を歩くティグリスが笑った。
「本当だ。」
「昔の私はソイルバレット一発撃つだけで精一杯だった。」
「今じゃ子供達の方が上手いくらいだ。」
ロバートが苦笑する。
「それはねぇ。」
「いや、ある。」
ティグリスは真面目な顔で答えた。
「だから教えるんだろ。」
ケルナインは静かに村を見渡していた。
工房。
農地。
薬房。
訓練場。
倉庫。
学校。
全てが動いている。
誰か一人の力ではない。
村全体が動いている。
それを見ていたセリナが言った。
「もう貧困村ではありませんね。」
ケルナインは頷く。
「そうだな。」
「だが完成でもない。」
セリナは笑う。
「あなたらしい。」
ケルナインも小さく笑った。
まだ先がある。
まだ育つ。
まだ強くなる。
人は環境で変わる。
この村そのものが。
それを証明していた。




