39.6話:将軍
朝。
村の東門前。
六十名の戦闘員が整列していた。
六個小隊。
各小隊十名。
全員が武器を持ち、鎧を身につけている。
農民だった者。
職人だった者。
流民だった者。
元冒険者。
様々な出自の者達が肩を並べていた。
かつてなら考えられない光景だった。
村人達は弱かった。
盗賊が来れば震えた。
魔物が来れば隠れた。
戦うことなどできなかった。
だが今は違う。
全員が戦える。
全員が魔法を使える。
全員が仲間を守れる。
その先頭に立つのはロバートだった。
巨大な大剣を背負った魔族の戦士。
彼は整列する部隊を静かに見渡した。
そして気付く。
皆の目が違う。
恐怖がない。
いや。
恐怖はある。
それでも逃げようとしていない。
前を向いている。
その瞬間だった。
ロバートの胸の奥で何かが脈打った。
視界に文字が浮かぶ。
【将軍スキル成長】
【統率補正向上】
【士気上昇補正向上】
【育成補正向上】
【戦場把握補正獲得】
ロバートは小さく目を見開いた。
また成長した。
最近何度も起きている。
人を率いるほど。
仲間が育つほど。
スキルも成長する。
それが将軍だった。
「隊長?」
ティグリスが不思議そうに尋ねる。
ロバートは笑った。
「いや。」
「なんでもねぇ。」
その時。
ミシェルが空から降りてきた。
「索敵結果です。」
全員が注目する。
地図が広げられた。
「ポイズンスパイダー三十二。」
「キラースパイダー十九。」
「大型個体二。」
周囲がざわつく。
かなりの数だった。
普通の村なら滅ぶ。
中規模の町でも被害が出る。
しかし。
ロバートは落ち着いていた。
「勝てるか?」
ミシェルが聞く。
ロバートは即答した。
「勝てる。」
自信ではない。
事実だった。
現在の戦力を理解している。
戦況を把握している。
将軍スキルが答えを出していた。
「被害は?」
「ほぼ無し。」
ティグリスが笑う。
「頼もしいな。」
ロバートも笑った。
昔の自分なら言えなかった。
今は言える。
なぜなら仲間が強いからだ。
ケルナインが育てたからだ。
しばらくして出発となった。
六個小隊が森へ入る。
第一小隊。
第二小隊。
第三小隊。
第四小隊。
第五小隊。
第六小隊。
一定距離を保ちながら前進する。
索敵は上空のミシェル隊。
地上はロバート隊。
完璧だった。
途中。
ロバートは隊員達を観察していた。
ファイアバレット。
ウォーターバレット。
アイスバレット。
ウィンドバレット。
ソイルバレット。
ストーンバレット。
ホーリーバレット。
シャドウバレット。
ダークバレット。
バインドバレット。
もはや珍しくない。
ほぼ全員が使える。
さらに二属性。
三属性。
四属性。
五属性。
複数属性持ちが当たり前になっていた。
「昔なら信じられねぇな。」
ロバートが呟く。
横を歩くティグリスが笑う。
「俺もそう思う。」
「昔はソイルバレット一発撃てただけで天才扱いだった。」
「今じゃ子供でも撃つ。」
本当にそうだった。
教育。
訓練。
反復。
魔力循環。
魔力操作。
それらが才能を開花させた。
ケルナインが言っていた。
才能がないのではない。
教える者がいなかっただけだ。
その言葉は正しかった。
やがて。
前方の索敵班から念話が届く。
「発見。」
全員の表情が引き締まる。
「距離五百。」
「蜘蛛群。」
「戦闘準備。」
ロバートは立ち止まった。
森の奥。
巨大な蜘蛛達が蠢いている。
気味が悪い。
普通なら恐怖する光景だった。
しかし。
誰も怯えない。
ロバートはゆっくり剣を抜いた。
そして振り返る。
六十人。
全員を見る。
昔なら演説などしなかった。
今は違う。
自然と言葉が出た。
「聞け。」
静まり返る。
「俺達は強い。」
「それは間違いない。」
誰も否定しない。
事実だからだ。
「だが。」
ロバートは首を振った。
「強いから勝つんじゃねぇ。」
全員が聞いている。
「助け合うから勝つ。」
「教え合うから勝つ。」
「守り合うから勝つ。」
静寂。
ロバートの言葉が染み込む。
「一年前。」
「ここにいる誰一人として今の強さは無かった。」
その通りだった。
農民。
難民。
流民。
落ちこぼれ。
失敗した冒険者。
社会から捨てられた者達。
それが今。
戦士になっている。
「環境が人を育てる。」
ロバートは続けた。
「俺達が証明だ。」
その瞬間。
将軍スキルが激しく反応した。
【士気上昇】
【統率上昇】
【団結上昇】
【戦意向上】
隊員達の目が変わる。
熱が生まれる。
恐怖が消える。
誰も逃げない。
ロバートは理解した。
これが将軍だ。
命令する者ではない。
人を前へ進ませる者だ。
ティグリスが戦斧を担ぐ。
「行くぞ。」
エミリー隊の獣人達が牙を見せる。
「おう!」
魔法使い達が構える。
「準備完了!」
ロバートは剣を掲げた。
「第一小隊前進!」
「第二小隊左!」
「第三小隊右!」
「第四第五第六小隊後衛支援!」
命令が飛ぶ。
部隊が動く。
驚くほど滑らかだった。
誰も迷わない。
誰も混乱しない。
将軍スキルが全体を繋いでいた。
そして。
森の奥から巨大な蜘蛛達が姿を現す。
ポイズンスパイダー。
キラースパイダー。
さらに大型個体。
赤黒い甲殻。
大木ほどもある脚。
巨大な牙。
普通なら絶望する。
だが。
村人達は笑った。
「糸だ!」
「紡織工房が喜ぶぞ!」
「素材確保だ!」
「肉も取れる!」
ロバートは思わず吹き出した。
恐れるどころか。
素材扱いだった。
本当に変わった。
この村は。
そして彼自身も。
ロバートは剣を構える。
巨大蜘蛛が咆哮する。
六十人の戦士達が魔力を練る。
色とりどりの魔法陣が輝いた。
ファイアバレット。
ウォーターバレット。
アイスバレット。
ウィンドバレット。
ソイルバレット。
ストーンバレット。
ホーリーバレット。
シャドウバレット。
ダークバレット。
バインドバレット。
数百発。
数千発の魔力が収束していく。
ロバートは確信した。
勝利は決まっている。
問題はどれだけ素材を持ち帰れるか。
それだけだった。
「総員。」
剣を振り下ろす。
「討伐開始!」
轟音と共に。
村史上最大規模の蜘蛛討伐戦が幕を開けた。




