39.3話:空の目
朝。
まだ太陽が完全に昇りきる前。
村の広場には五十名を超える者達が集まっていた。
昨日正式に発足した索敵部隊である。
隊長ミシェル。
副長リリー。
そして飛行魔法を習得した村人達。
農民。
職人。
元冒険者。
元流民。
様々な出自を持つ者達が並んでいた。
「本日から実任務を開始する。」
ミシェルの声が響く。
全員の表情が引き締まる。
昨日までは訓練だった。
今日からは違う。
村を守る仕事になる。
「任務は三つ。」
「魔物の発見。」
「盗賊の発見。」
「難民の発見。」
ミシェルは地図を広げた。
村を中心として周囲三十キロ。
広大な範囲が描かれている。
「今まで俺達は地面から世界を見ていた。」
「今日からは空から見る。」
「見える範囲は何十倍にも広がる。」
誰もが真剣だった。
リリーが続く。
「危険を見つけても勝手に戦わないでください。」
「必ず報告。」
「索敵部隊の仕事は発見です。」
「討伐ではありません。」
戦うのは戦闘部隊。
索敵部隊は目。
それが基本方針だった。
「では出発。」
ミシェルが手を上げた。
次の瞬間。
五十人以上が空へ浮かび上がる。
レビテーション。
風属性。
身体強化。
魔力循環。
ケルナインが教えた技術。
それらを組み合わせることで飛行が成立する。
空へ。
さらに高く。
広場にいた子供達が歓声を上げた。
「すげぇ!」
「鳥みたいだ!」
「かっこいい!」
笑い声が響く。
だが飛行する者達の表情は真剣だった。
初任務なのである。
高度百メートル。
二百メートル。
三百メートル。
景色が変わる。
村全体が見える。
畑。
工房。
学校。
治療院。
紡織工房。
鍛冶場。
どれも活気に満ちていた。
リリーは改めて驚く。
たった一年。
それだけでここまで変わるのか。
昔の村は死にかけていた。
今は違う。
生きている。
発展している。
未来へ進んでいる。
「感傷は後だ。」
ミシェルの声が飛ぶ。
「索敵開始。」
全員が散開する。
十名ずつ。
五班。
訓練で決めた編成だった。
リリー班も南方面へ向かう。
風が頬を打つ。
森が広がる。
川が流れる。
地上からでは見えなかったものが見える。
そして。
最初の発見は意外なものだった。
「隊長。」
念話が飛ぶ。
テレパシー。
索敵部隊の必須技能。
「聞こえる。」
「北東六キロ地点。」
「人影を確認。」
ミシェルの目が細くなる。
「数は?」
「七名。」
「武装なし。」
「子供が三人います。」
難民。
即座に判断した。
「監視継続。」
「敵性なし。」
「村へ誘導班を送る。」
命令が飛ぶ。
地上なら発見は数日後だったかもしれない。
空からなら即座だった。
これが索敵部隊の力だった。
昼過ぎ。
さらに成果が出る。
「西方面。」
「盗賊らしき集団確認。」
今度は別班から報告。
「人数。」
「十五。」
「武装あり。」
「馬四頭。」
ミシェルの表情が引き締まる。
「位置固定。」
「戦闘部隊へ連絡。」
初めてだった。
盗賊が村へ近づく前に発見できたのは。
今までは違う。
近づかれてから戦っていた。
襲われてから対応していた。
しかし今は。
先に見つける。
先に動く。
戦い方そのものが変わる。
ロバート率いる戦闘部隊が出動。
盗賊達は村に近づくことすらできなかった。
その報告を聞いた索敵部隊の若者達は興奮した。
「俺達が見つけたからだ。」
「役に立った。」
「本当に村を守れた。」
戦わなくても守れる。
それを初めて実感した。
夕方。
索敵は続く。
その時だった。
リリーが違和感を覚えた。
森の奥。
かなり遠方。
何かがおかしい。
「クレヤボヤンス。」
透視能力を発動。
視界が伸びる。
木々を超える。
さらに遠く。
そして。
リリーの顔色が変わった。
「隊長。」
「どうした。」
「大きいです。」
「何が。」
「魔物です。」
ミシェルの表情が変わる。
「詳細。」
「巨大蜘蛛。」
「複数。」
「普通種ではありません。」
さらに透視を続ける。
その数。
十。
二十。
三十。
いや。
もっといる。
「群れです。」
「かなり大きい。」
ミシェルも透視を発動した。
そして息を飲む。
ポイズンスパイダー。
キラースパイダー。
さらに。
見たこともない大型種。
森の奥を埋め尽くすように移動している。
明らかに異常だった。
「位置を記録。」
「全班帰還。」
命令が飛ぶ。
空気が変わる。
先程までの穏やかな任務ではない。
本物の脅威。
それを見つけた。
索敵部隊は急速に帰還を開始する。
夕日が空を赤く染めていた。
村へ戻ると会議所に主要メンバーが集められた。
セリナ。
ロバート。
エミリー。
ソフィア。
カタリナ。
ガイル。
全員の前でミシェルが報告する。
「大型魔物群を発見しました。」
地図が広げられる。
位置が示される。
森の深部。
村から二十キロ。
「数は推定五十以上。」
会議室が静まり返る。
「ポイズンスパイダー。」
「キラースパイダー。」
「さらに上位個体を確認。」
セリナが資料へ書き込む。
ロバートは地図を見つめる。
「来ると思うか?」
ミシェルは即答した。
「来ます。」
「かなり高確率で。」
静寂。
その時。
今まで黙っていたケルナインが口を開いた。
「いい報告だ。」
全員が振り向く。
「発見できた。」
「それが重要だ。」
誰も反論できない。
もし発見できなければ。
魔物達は突然村を襲っていただろう。
今は違う。
位置が分かる。
数が分かる。
種類が分かる。
準備できる。
戦える。
ミシェルは初めて実感した。
索敵部隊の価値を。
空を飛ぶことではない。
敵を見つけることでもない。
仲間に準備する時間を与えること。
それこそが。
空の目の役目だった。
そして翌朝。
ロバート率いる戦闘部隊に召集命令が下る。
村史上最大規模の魔物討伐が始まろうとしていた。




