39話:飛ぶ者たち
朝の空は青かった。
雲は少ない。
風は穏やか。
農地では朝から村人達が働いている。
畑を耕す者。
家畜の世話をする者。
紡織工房へ向かう者。
鍛冶場へ向かう者。
治療院へ向かう者。
かつて貧困と病に苦しんでいた村とは思えない光景だった。
会議所では主要人物達が集まっていた。
ケルナイン。
エミリー。
セリナ。
ロバート。
ミシェル。
リリー。
村の中核を担う者達である。
その中央でセリナが資料を広げた。
「定例報告を開始します。」
静かに会議が始まる。
「現在の人口は五百三十八名です。」
誰も驚かない。
最近は毎週のように移住者が増えていた。
食えなくなった冒険者。
盗賊に村を焼かれた農民。
仕事を失った職人。
差別を受けた亜人。
噂を聞いた者達が集まり続けている。
「基礎戦闘訓練修了者は五百二十二名。」
エミリーが笑った。
「もうほとんど全員じゃないか。」
「その通りです。」
セリナは頷く。
「農民も戦います。」
「職人も戦います。」
「教師も戦います。」
「治癒師も戦います。」
「この村では自己防衛は必須です。」
ケルナインは何も言わない。
最初からそう決めていた。
兵士だけが戦う時代は終わる。
生きる者全員が自分を守る。
それがこの村の方針だった。
「続いて魔法覚醒者です。」
資料がめくられる。
「五百三十一名。」
会議室が静かになった。
ロバートが苦笑する。
「異常だな。」
「はい。」
セリナも否定しない。
「未覚醒者の大半は幼児と高齢者です。」
「成人だけで見れば、ほぼ百パーセントになります。」
普通の国ならあり得ない。
魔法は才能。
そう考えられている。
しかしケルナインは違った。
魔法は技術。
学べば使える。
訓練すれば伸びる。
実際に結果が出ている。
「二属性保持者以上は四百八十四名。」
「三属性保持者は三百五十六名。」
「四属性保持者は百九十二名。」
「五属性保持者は六十三名。」
リリーが思わず笑った。
「単属性の方が珍しいですね。」
「そうなります。」
セリナも笑う。
「教育環境が整うほど属性は増えるようです。」
ケルナインは資料を閉じた。
予想通りだった。
才能が無かったのではない。
開花方法を知らなかっただけ。
この世界の問題はそこだった。
その時だった。
ミシェルが手を挙げた。
「私からも報告があります。」
鳥人族の教師。
索敵能力なら村でも最強クラス。
彼女が新しい資料を出した。
「レビテーション習得者。」
「五十七名。」
空気が変わった。
エミリーが眉を上げる。
「増えたな。」
「急増しました。」
ミシェルが答える。
「さらに風属性保持者は百九十六名。」
「そのうち飛行可能者は五十二名。」
ロバートが吹き出した。
「国家かよ。」
普通の国でも飛行兵は希少。
一人育てるだけでも大変だ。
それが五十人を超えている。
村の規模を考えれば異常だった。
リリーが真面目な顔で言う。
「私も驚いています。」
「去年なら想像もできませんでした。」
風属性。
レビテーション。
身体強化。
魔力操作。
これらを組み合わせることで飛行は成立する。
以前なら誰も知らなかった。
今は違う。
教師がいる。
訓練がある。
環境がある。
だから育つ。
それだけだった。
ミシェルが席を立つ。
「提案があります。」
全員が視線を向けた。
「飛行適性者をまとめるべきです。」
「索敵専門部隊を作ります。」
会議室が静かになる。
セリナが頷いた。
「合理的ですね。」
「空からなら魔物も盗賊も見つけやすい。」
ロバートも腕を組む。
「敵軍も発見できる。」
「難民も探せる。」
エミリーが笑う。
「便利すぎるな。」
ミシェルは頷く。
「だから作るべきです。」
ケルナインは短く答えた。
「やれ。」
それだけだった。
会議は終わる。
命令もない。
演説もない。
必要な環境を整える。
後は自分達で育つ。
それがケルナインだった。
その日の昼。
村の広場には飛行適性者達が集められていた。
五十人を超える人数である。
若者。
農民。
職人。
元冒険者。
種族も様々だった。
ミシェルが前へ出る。
「今日から索敵部隊を設立する。」
ざわめきが起きる。
「隊長は私。」
「副長はリリー。」
リリーが前へ出る。
長弓を背負ったエルフの美女。
村でも人気が高い。
「よろしくお願いします。」
緊張しながら頭を下げた。
拍手が起きる。
ミシェルは続けた。
「私達の仕事は戦うことじゃない。」
「見つけることだ。」
「盗賊。」
「奴隷商。」
「魔物。」
「難民。」
「危険。」
「資源。」
「全てを空から探す。」
全員が真剣な顔になる。
空を飛べる。
それだけでは意味がない。
役割が必要だった。
村を守るための役割が。
「飛べ。」
ミシェルが言った。
次の瞬間。
五十人以上の身体が浮く。
レビテーション。
風属性。
身体強化。
複数の技術が組み合わさる。
人々が空へ舞い上がった。
広場にいた子供達が歓声を上げる。
「すごい!」
「飛んでる!」
「かっこいい!」
笑顔が広がる。
空へ。
さらに空へ。
高度が上がる。
村全体が見渡せる。
畑。
工房。
学校。
治療院。
新しく建設された住宅。
広がる森。
遠くの山。
全てが見える。
リリーは思わず息を飲んだ。
「綺麗……。」
今まで地上からしか見ていなかった。
空から見る村は違った。
貧困村だった場所。
病人だらけだった場所。
盗賊に怯えていた場所。
それが今は。
生きている。
成長している。
未来へ進んでいる。
ミシェルが笑った。
「見えるか?」
「はい。」
「これが私達の守る場所です。」
リリーは頷いた。
胸が熱くなる。
自分はここへ流れ着いた。
居場所を失っていた。
食うにも困っていた。
それが今は違う。
役割がある。
仲間がいる。
未来がある。
空の上から村を見る。
自然と笑みが浮かんだ。
夕方。
索敵部隊は初訓練を終えた。
大きな問題はなかった。
むしろ予想以上だった。
飛行技術。
索敵能力。
連携。
どれも高水準。
教育の成果が出ていた。
会議所へ戻ったミシェルが報告する。
「成功です。」
セリナが頷く。
「予想以上ですね。」
ロバートも笑う。
「これで村はさらに強くなる。」
強くなる。
だがそれは力だけではない。
見る力。
知る力。
守る力。
それら全てを含めた強さだった。
会議所の窓から夕日が差し込む。
その光の中でケルナインは静かに外を見ていた。
空では索敵部隊の訓練がまだ続いている。
村人達が笑っている。
子供達が飛ぶ真似をしている。
その光景を見ながらケルナインは思う。
人は育つ。
才能ではない。
環境で育つ。
教えれば伸びる。
任せれば考える。
信じれば成長する。
この村が証明していた。
そして。
その変化はまだ始まったばかりだった。




