35話:将軍の仕事
朝。
村は忙しかった。
畑。
建設現場。
治療院。
鍛冶場。
紡織小屋。
至る所で人が働いている。
かつて盗賊と飢えに怯えていた貧困村とは思えない光景だった。
人口は増え続けている。
獣人。
エルフ。
人間。
魔族。
流民。
難民。
食えなくなった冒険者。
追放された職人。
様々な人間が集まっていた。
だが。
問題も増えていた。
村役場代わりの集会所。
セリナが帳簿を見ながら口を開く。
「ケルナイン。」
「現状を報告します。」
ケルナインは頷いた。
エミリー。
ロバート。
ソフィア。
カタリナ。
トミー。
ガイル。
主要メンバーも集まっている。
セリナは紙を広げた。
「人口は百二十七人。」
「食料は増産中です。」
「大豆畑。」
「芋畑。」
「麦畑。」
「全て順調。」
「病人も減少しています。」
治療院の成果だ。
エルナ。
マイケル。
そして治療を学ぶ村人達。
彼らの努力が実を結び始めている。
「問題は?」
ケルナインが聞く。
セリナは即答した。
「冒険者不足です。」
空気が変わった。
ソフィアが腕を組む。
「確かにな。」
カタリナも頷く。
「人は増えてる。」
「戦える人間は足りない。」
その通りだった。
村は成長した。
農業革命も進む。
紡織産業も準備中。
食料も増える。
だが守る人間が足りない。
現在まともに戦えるのは。
エミリー。
リーヴ。
ティグリス。
ロバート。
ソフィア。
カタリナ。
ガイル。
一部の若手。
数えるほどだった。
「新人は?」
ケルナインが聞く。
エミリーがため息を吐く。
「根性はある。」
「でも弱い。」
「盗賊相手なら死ぬ。」
ロバートも頷いた。
「現実だな。」
沈黙。
その時だった。
ケルナインがロバートを見る。
「教育できるか。」
ロバートが目を丸くする。
「俺がか?」
「そうだ。」
「お前が適任だ。」
ロバートは少し困った顔をした。
「俺は教師じゃねぇぞ。」
「強いだけだ。」
すると。
セリナが静かに言った。
「違います。」
「ロバート。」
「あなたがいると新人が落ち着きます。」
「失敗しても焦らない。」
「恐怖が減る。」
ロバートは首を傾げた。
「そんなことあるか?」
トミーが笑った。
「ある。」
「めちゃくちゃある。」
「兄貴いると安心する。」
周囲も頷いた。
本人だけが気付いていない。
将軍スキル。
恐怖抑制。
未熟者育成補正。
集団統率。
その力は既に現れていた。
ケルナインは言った。
「強い人間は珍しくない。」
「人を育てられる人間は少ない。」
ロバートは黙った。
その言葉は重かった。
やがて。
ゆっくり頷く。
「やってみる。」
その一言で決まった。
村初の育成部隊が誕生した。
◇
翌日。
訓練場。
二十人の新人が並んでいた。
獣人。
人間。
エルフ。
魔族。
様々だ。
共通していることが一つ。
弱い。
それだけだった。
ロバートは大剣を背負って立つ。
「まず勘違いするな。」
新人達が緊張する。
「強くなる方法は一つじゃねぇ。」
「剣だけじゃない。」
「魔法だけじゃない。」
「才能だけでもない。」
全員が聞いていた。
「生き残ることが強さだ。」
静かだった。
説教ではない。
経験だった。
「俺も最初から強かったわけじゃねぇ。」
「食えなかった。」
「仕事も無かった。」
「仲間も死んだ。」
新人達の顔が変わる。
冒険者崩れ。
流民。
彼らも同じだった。
ロバートは続ける。
「だから覚えろ。」
「生き残れ。」
「それだけで十分だ。」
その瞬間。
何かが広がった。
将軍スキル。
新人達の表情から緊張が消える。
恐怖が薄れる。
呼吸が整う。
ロバート自身も気付いた。
「これか。」
将軍スキル。
仲間を安定させる力。
◇
訓練開始。
エミリー組。
リーヴ組。
ティグリス組。
ソフィア組。
カタリナ組。
各班に分かれる。
ソフィアは笑った。
「よし。」
「来い。」
新人獣人が前に出る。
次の瞬間。
吹き飛んだ。
地面を転がる。
全員が凍る。
ソフィアは首を傾げた。
「軽いな。」
新人達が青ざめる。
鬼人。
圧倒的な膂力。
ソフィアは規格外だった。
カタリナはさらに酷い。
巨大なグレイブを振る。
ドゴォォォォン!!
地面が抉れた。
新人達が絶句する。
「無理だろ。」
「化け物だ。」
「エルフじゃねぇ。」
カタリナは笑う。
「安心しろ。」
「私も最初は弱かった。」
誰も信じなかった。
◇
一方。
ロバートは別の訓練をしていた。
剣ではない。
座学だった。
「敵は何人だ。」
新人が答える。
「十人。」
「違う。」
ロバートは首を振る。
「見えてる十人だ。」
「隠れてるかもしれない。」
新人達が考える。
「食料は?」
「三日分。」
「違う。」
「三日分しかない。」
考え方。
視点。
生存術。
戦闘だけではない。
将軍スキルは戦場だけの能力ではなかった。
人を育てる。
組織を育てる。
それこそが本質だった。
◇
夕方。
成果が出始める。
新人達の連携が良くなる。
声が出る。
足が止まらない。
失敗を恐れなくなる。
エミリーが驚く。
「成長早くない?」
リーヴも頷く。
「昨日とは別人だ。」
ティグリスが笑う。
「隊長の力だな。」
ロバートは頭を掻く。
自覚がない。
だが確かに変わっていた。
◇
その頃。
村の外。
ミシェルが索敵を行っていた。
風。
光。
超能力。
複数の感知を重ねる。
遠くを見る。
音を聞く。
気配を読む。
そして。
顔色が変わった。
「来る。」
空へ飛ぶ。
村へ戻る。
訓練場へ降り立つ。
全員が振り返る。
「敵です。」
空気が凍った。
「盗賊。」
「推定三十。」
「こちらへ向かっています。」
沈黙。
以前なら絶望だった。
以前なら逃げていた。
だが。
今は違う。
エミリーが立ち上がる。
リーヴが武器を取る。
ティグリスが笑う。
ソフィアが肩を回す。
カタリナがグレイブを担ぐ。
ガイルが戦槌を持つ。
ロバートが新人達を見る。
誰も逃げていない。
震えている者はいる。
それでも立っている。
育った。
少しだけ。
確実に。
ロバートは笑った。
「いい顔になったじゃねぇか。」
新人達も笑う。
恐怖はある。
それでも逃げない。
将軍スキルが静かに広がる。
士気上昇。
恐怖抑制。
民衆安定。
未熟者育成補正。
全てが発動する。
集会所の窓からケルナインがそれを見ていた。
何も言わない。
指示もしない。
もう必要ない。
人は育った。
まだ未熟だ。
まだ弱い。
それでも確実に前へ進んでいる。
環境が人を育てる。
その証明が。
今この村で続いていた。




