34話:冒険者不足
村の中央広場。
かつて痩せ細った人々が肩を寄せ合っていた場所には、今では石畳が敷かれ、多くの人々が行き交っていた。
農民。
職人。
商人。
教師。
治癒師。
冒険者。
人口は千人を超えた。
かつて貧困村と呼ばれた場所とは思えない発展である。
村役場の会議室。
長机を囲み、村の主要人物たちが集まっていた。
ケルナイン。
エミリー。
セリナ。
ロバート。
トミー。
ソフィア。
カタリナ。
エレノア侯爵。
そして各部門の責任者たち。
ケルナインは静かに言った。
「セリナ。現状を報告してくれ」
セリナは書類を広げた。
冷静な瞳が会議室を見渡す。
「はい」
全員が耳を傾ける。
「まず人口です」
紙を一枚めくる。
「現在人口、一〇四七名」
ざわめきが起きた。
つい数か月前まで百人にも満たなかった村である。
「内訳」
「人族三百二十六」
「獣人二百四十七」
「エルフ百七十三」
「ダークエルフ八十二」
「ドワーフ九十一」
「魔族百二十八」
「その他」
会議室が静かになる。
国家規模で見れば小さい。
しかし村としては異常だった。
「食料自給率」
「一七八%」
今度は驚きの声が上がる。
農業革命。
ケルナインの指導。
魔法農業。
灌漑。
肥料。
品種管理。
すべてが噛み合った結果だった。
「穀物備蓄」
「二年分」
「肉類備蓄」
「一年半分」
「野菜類」
「安定供給」
セリナは続ける。
「砂糖生産開始」
「砂糖黍」
「甜菜」
「共に成功」
トミーが笑う。
「商人どもが飛びついてますね」
「砂糖は金になります」
セリナは頷く。
「さらに副産物」
「砂糖黍カス」
「甜菜カス」
「家畜飼料」
「酒原料」
「肥料」
「全て利用可能」
バルドとグランが嬉しそうに笑った。
無駄がない。
それがこの村だった。
「紡織産業」
「稼働開始」
「衣類不足解消」
「余剰生産開始」
エレノア侯爵が目を細める。
「普通の領地なら十年かかることをやっておりますな」
誰も否定しない。
事実だからだ。
セリナは次の資料を開く。
空気が少し変わった。
「問題があります」
ケルナインが頷く。
「続けろ」
「冒険者不足です」
会議室が静まり返った。
エミリーが腕を組む。
「不足?」
「強い連中は増えてるだろ」
セリナは首を振る。
「戦力は増えています」
「問題は需要です」
紙を机に広げた。
地図だった。
村周辺の地図。
赤丸が大量に付いている。
「開拓地」
「新農地」
「鉱山」
「伐採地」
「交易路」
「護衛依頼」
「魔物討伐」
「索敵任務」
「全て増加しています」
全員が地図を見る。
確かに増えていた。
増えすぎていた。
ロバートが眉をひそめる。
「仕事が多すぎるのか」
「はい」
セリナが答える。
「冒険者が不足しているのではありません」
「村の発展速度が速すぎます」
静かな衝撃だった。
貧しい村で問題になるのは人余り。
ここでは逆だった。
人が足りない。
ケルナインは黙って聞いている。
セリナは続ける。
「さらに問題があります」
「冒険者育成が追いついていません」
エミリーが頷く。
理解していた。
戦える者はいる。
しかし本物の冒険者は少ない。
魔物討伐。
索敵。
護衛。
野営。
判断。
経験。
それらは別物だった。
ソフィアが笑った。
「なるほど」
「強いだけじゃ駄目ってことか」
「その通りです」
セリナが答える。
カタリナも口を開く。
「冒険者は職業だ」
「剣を振れるだけでは務まらない」
さすが元冒険者だった。
理解が早い。
セリナは次の資料を出した。
「現在」
「上級冒険者」
「二名」
ソフィア。
カタリナ。
二人だった。
「中級」
「十一名」
「初級」
「四十八名」
「見習い」
「百二十六名」
数字は悪くない。
だが村の規模が異常だった。
セリナは言う。
「最低でも上級十名」
「中級五十名」
「初級二百名」
は必要です」
ロバートが吹いた。
「足りねぇな」
「圧倒的に」
会議室に苦笑が広がった。
その時だった。
ミシェルが手を挙げる。
「育成ならできます」
全員が彼女を見る。
鳥人族の教師。
村最高峰の索敵能力。
「索敵教育」
「探索教育」
「魔物発見」
「危険察知」
「全部教えられます」
マイケルも続いた。
「僕もやります」
「治療」
「応急処置」
「野外活動」
「新人教育」
ケルナインは微かに笑った。
育っている。
確実に。
自分が教えた者たちが。
今度は他人を教える側になっている。
それこそが理想だった。
「ロバート」
ケルナインが言う。
「はい」
「戦闘教育は任せる」
「任せてください」
即答だった。
「エミリー」
「やるよ」
「獣人組を鍛える」
「ソフィア」
鬼人が笑う。
「面白そうだ」
「ぶっ壊さない程度にな」
会議室が笑いに包まれた。
セリナが最後の資料を出した。
「もう一つ」
空気が変わる。
「移住希望者です」
全員が見る。
数字。
そこには。
三百二十七名。
そう書かれていた。
沈黙。
エミリーが固まる。
ロバートも固まる。
トミーが吹き出した。
「は?」
「まだ来るのかよ」
セリナは冷静だった。
「来ます」
「噂が広がっています」
「食える」
「病が治る」
「奴隷商が近づけない」
「教育がある」
「差別が少ない」
「仕事がある」
「子供が育つ」
一つ一つ。
他の国では当たり前ではない。
だから人が集まる。
ケルナインは窓の外を見た。
畑。
学校。
工房。
治療院。
笑う子供たち。
誰もが忙しく働いている。
誰かに命令されているわけではない。
自分で考え。
自分で動いている。
環境が人を育てる。
それを証明するような光景だった。
「受け入れるか?」
ロバートが聞く。
ケルナインは答えた。
「判断するのは俺じゃない」
全員が彼を見る。
「この村だ」
静寂。
そして。
エミリーが笑った。
「なら受け入れる」
ロバートが頷く。
「当然だ」
マイケルも。
エルナも。
ミシェルも。
全員が頷く。
セリナが静かに笑った。
答えは最初から分かっていた。
この村はそういう場所だからだ。
ケルナインは立ち上がる。
「なら準備しろ」
「冒険者が足りないなら育てる」
「教師が足りないなら育てる」
「職人が足りないなら育てる」
「領主が足りないなら育てる」
全員が笑った。
それがこの村だった。
才能があるから育つのではない。
育てる環境があるから育つ。
貧困村だった場所は。
いつしか人材を生み出す巨大な学校になろうとしていた。
そしてその噂は。
さらに遠くへ広がっていく。
王国へ。
帝国へ。
北方連合へ。
絶望した人々の耳へ。
やがて。
新たな人材たちがこの村へ集まることになる。
冒険者。
職人。
学者。
教師。
そして――
世界を変える者たちが。




