4話 村の現実
朝。
村の広場には重い空気が流れていた。
盗賊は消えた。
長年苦しめられてきた敵はいなくなった。
本来なら喜ぶべき日だった。
しかし村人達の顔は暗い。
理由は簡単だった。
腹が減っている。
盗賊が消えても。
食料は増えない。
病人が治るわけでもない。
畑が蘇るわけでもない。
現実は残る。
ケルナインは村を歩いていた。
一軒目。
家屋。
壁が腐っている。
屋根が抜けている。
雨漏りしている。
家族五人。
寝床は二つ。
二軒目。
老人夫婦。
食料は三日分。
病気持ち。
働けない。
三軒目。
母親と子供三人。
父親は盗賊に殺された。
収入なし。
食料なし。
未来もない。
ケルナインは何も言わない。
ただ見ていた。
村を。
現実を。
昼。
エミリーがやって来た。
「どうでしたか」
ケルナインは答える。
「酷い」
即答だった。
エミリーが苦笑する。
「やっぱり」
「想像以上だ」
二人は畑へ向かう。
広大な農地。
かつては豊かだったらしい。
今は違う。
雑草。
害虫。
痩せた土。
枯れた作物。
ケルナインは土を掴んだ。
鑑定。
結果が流れる。
栄養不足。
水不足。
連作障害。
病害。
害虫。
肥料不足。
全部。
「なるほど」
エミリーが聞く。
「助かりますか」
「助かる」
「本当に?」
「問題は畑じゃない」
エミリーは首を傾げた。
「じゃあ何ですか」
ケルナインは周囲を見る。
農民達。
疲れている。
顔色が悪い。
歩き方が重い。
筋力不足。
栄養不足。
知識不足。
「人だ」
エミリーは黙った。
「畑は死んでない」
「人が死にかけてる」
その言葉は重かった。
畑は直せる。
肥料もある。
水もある。
土地もある。
問題は扱う人間。
エミリーは唇を噛む。
反論できない。
事実だからだ。
その時だった。
畑の向こうから怒鳴り声が聞こえた。
「ふざけるな!」
老人が叫んでいる。
農民達も集まっていた。
エミリーが駆け寄る。
「どうしたんですか」
老人が叫ぶ。
「今年も駄目だ!」
「種が足りねぇ!」
「食料も足りねぇ!」
「もう終わりだ!」
周囲の農民達も頷く。
絶望。
諦め。
慣れ。
長年続いた失敗が心を削っていた。
ケルナインは話を聞く。
聞くだけだ。
口を挟まない。
農民達が不満を吐き出す。
雨が少ない。
土が悪い。
病気が出る。
魔物が荒らす。
税金が重い。
盗賊が来る。
全部本当だった。
全部現実だった。
一時間近く話を聞いた後。
ケルナインは一つだけ聞いた。
「肥料は」
全員が固まった。
「肥料?」
「使ってるのか」
沈黙。
誰も答えない。
「使ってないのか」
老人が答える。
「そんなもん無い」
ケルナインは頷いた。
予想通りだった。
「堆肥も?」
「知らん」
「輪作は?」
「何だそれ」
「土壌改良は?」
「聞いたこともない」
エミリーが驚いていた。
ケルナインは驚かなかった。
これが現実だった。
才能が無いわけじゃない。
知識が無い。
教育が無い。
それだけだ。
村人達は真面目だ。
働いている。
怠けてもいない。
なのに貧しい。
理由は単純。
知らないからだ。
ケルナインは立ち上がった。
「明日から教える」
農民達が顔を上げる。
「農業を」
「農業?」
「そうだ」
老人が首を傾げる。
「畑なんて毎年やってるぞ」
「だから貧しい」
空気が凍った。
しかしケルナインは続ける。
「働いていることと」
「正しく働くことは違う」
誰も反論できない。
結果が出ていないからだ。
エミリーは初めて気付いた。
この男は厳しい。
優しいわけじゃない。
現実を見ている。
現実を変えようとしている。
夕方。
今度は診療所。
診療所と呼ぶにはあまりにも粗末だった。
病人が横になっている。
薬はない。
神官もいない。
包帯すら不足している。
ケルナインは患者を診る。
肺病。
栄養失調。
感染症。
外傷。
寄生虫。
酷い。
想像以上だった。
そして。
診療所の隅。
小さな少年がいた。
痩せている。
弱々しい。
怯えている。
ケルナインが近付く。
「名前は」
「マイケル」
小さな声だった。
「病気か」
少年は首を横に振る。
「違います」
「母さんが病気なんです」
視線の先。
痩せた女性が横になっていた。
長年の過労。
栄養失調。
慢性的な病。
ケルナインは診断する。
助かる。
まだ。
マイケルが聞く。
「治りますか」
ケルナインは答えた。
「治る」
少年の目が大きくなる。
「本当に?」
「本当だ」
涙が溢れた。
安心したのだ。
エミリーはその光景を見ていた。
盗賊よりも。
魔物よりも。
恐ろしい敵がいる。
貧困。
病。
無知。
そして諦め。
村は思っていたよりずっと壊れていた。
夜。
村の外れ。
焚火の前でエミリーが座っていた。
ケルナインもいる。
しばらく沈黙が続く。
やがてエミリーが呟いた。
「私」
「盗賊を倒せば終わりだと思ってました」
ケルナインは黙って聞く。
「全然違いました」
「そうだな」
「問題だらけです」
「そうだな」
エミリーは空を見る。
星が綺麗だった。
だから余計に苦しい。
「私にできますか」
小さな声。
弱音だった。
ケルナインはしばらく考えた。
そして答える。
「知らん」
エミリーは思わず笑った。
またそれだ。
しかし。
今度は少し意味が違った。
「でも」
ケルナインは続ける。
「やるしかない」
それだけだった。
村は貧しい。
病も多い。
知識もない。
人材も不足している。
現実は厳しい。
だが。
まだ終わっていない。
環境は変えられる。
人は育つ。
そのための最初の授業が。
明日から始まる。




