表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/290

3話 狼獣人エミリーとの衝突

盗賊襲撃から一夜が明けた。


村は静かだった。


不思議なほど静かだった。


今まで何度も襲われてきた。


食料を奪われた。


仲間を殺された。


家を焼かれた。


それが当たり前だった。


しかし今回は違う。


村は守られた。


誰一人死ななかった。


盗賊は全滅した。


それなのに。


村人達の顔は晴れていなかった。


広場では朝から言い争いが続いていた。


「追い払えばよかったんじゃないか?」


「いや、また来るだろ」


「でも全員殺す必要はあったのか?」


「俺達が何人殺されたと思ってる!」


怒鳴り声。


言い争い。


不安。


迷い。


エミリーはその中心にいた。


昨夜。


処刑を決断したのは自分だ。


誰かに命令されたわけじゃない。


自分で決めた。


だからこそ苦しかった。


広場の外。


ケルナインは井戸の修理をしていた。


壊れた木材。


錆びた金具。


それらを黙々と直している。


エミリーは歩いていった。


「何してるんですか」


「井戸の修理だ」


「今はそんな場合じゃありません」


「そうか」


それだけだった。


エミリーの眉が吊り上がる。


「村が揉めてるんです!」


「そうだな」


「私が決めたんですよ!」


「そうだな」


「何か言ってください!」


ケルナインは工具を置いた。


そして静かにエミリーを見る。


狼獣人の少女は怒っていた。


怒り。


不安。


恐怖。


責任。


全部が混ざっている。


「何を言えばいい」


「私は正しかったんですか?」


エミリーが叫ぶ。


「盗賊を殺したんです!」


「全員です!」


「本当に正しかったんですか!」


沈黙。


風が吹く。


ケルナインはしばらく考えた。


そして言った。


「知らん」


エミリーが固まる。


「……は?」


「俺は知らん」


「そんな無責任な」


「無責任なのはお前だ」


エミリーが息を呑んだ。


ケルナインの声は静かだった。


怒っていない。


見下してもいない。


ただ事実を言っている。


「お前は何を求めてる」


「え……」


「俺に正解を言ってほしいのか」


「それは……」


「俺が正しいと言えば安心するのか」


エミリーは答えられない。


その通りだった。


誰かに言ってほしかった。


正しかったと。


間違っていないと。


責任はないと。


ケルナインは首を横に振った。


「それはできない」


「どうして」


「決めたのはお前だからだ」


エミリーは黙る。


「ここはお前達の村だ」


ケルナインは言う。


「決めるのも」


「動くのも」


「責任を負うのも」


「お前達だ」


エミリーは拳を握る。


「でも……」


「俺は旅人だ」


ケルナインは井戸を見る。


「いずれいなくなる」


「……」


「俺が決める村に意味はない」


静かな声だった。


それなのに重い。


「俺は教える」


「必要なら助言もする」


「知識も渡す」


「技術も渡す」


「戦い方も教える」


「生き方も教える」


「でも決めるのはお前達だ」


エミリーは言葉を失った。


今まで誰もそんなことを言わなかった。


貴族は命令する。


役人は命令する。


冒険者も勝手に決める。


強い者は皆そうだった。


だからケルナインの言葉は理解できなかった。


「どうしてですか」


「何が」


「そんな面倒なことを」


ケルナインは少し笑った。


「簡単だからだ」


「え?」


「俺が全部やれば簡単だ」


エミリーは黙る。


「でも」


ケルナインは続けた。


「それじゃ何も残らない」


その言葉に。


エミリーは初めて理解した。


この男は支配者ではない。


王になりたいわけでもない。


英雄になりたいわけでもない。


もっと面倒なことを考えている。


人を育てようとしている。


村を育てようとしている。


未来を育てようとしている。


「……変な人ですね」


「よく言われる」


少しだけ。


エミリーは笑った。


その時だった。


広場の方から悲鳴が聞こえた。


「大変だ!」


村人達が走ってくる。


「畑が!」


「畑が全滅だ!」


エミリーの顔色が変わる。


二人は急いで畑へ向かった。


そこには絶望があった。


作物が枯れている。


土が死んでいる。


虫害。


病害。


水不足。


栄養不足。


全部が重なっていた。


村人達の顔から血の気が引く。


「終わりだ……」


誰かが呟く。


「食料がない」


「冬を越せない」


「また飢える」


沈黙が広がる。


その時。


ケルナインはしゃがみ込んだ。


土を掴む。


鑑定。


原因を解析する。


数秒後。


立ち上がった。


「助かる」


村人達が顔を上げる。


「本当ですか?」


「本当だ」


エミリーが聞く。


「どうするんですか」


ケルナインは首を横に振った。


「まずはお前達が考えろ」


村人達が戸惑う。


ケルナインは続ける。


「俺は教える」


「答えは渡さない」


「考えろ」


「どうすれば食える」


「どうすれば生き残る」


「どうすれば村を守れる」


エミリーは畑を見る。


枯れた作物。


死んだ土。


絶望的な光景。


それでも。


昨夜とは少し違った。


誰かが助けてくれるとは思わなかった。


自分達が考える。


自分達が決める。


自分達が変える。


そのために。


この旅人はここにいる。


エミリーは深く息を吸った。


そして村人達を見た。


「集まりましょう」


狼獣人の少女が言う。


「皆で考えます」


その瞬間。


ケルナインは何も言わず頷いた。


環境が人を育てる。


その最初の芽が。


確かに顔を出し始めていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ