32話:鬼人の実力
朝。
訓練場には大勢の村人が集まっていた。
人口千人を超えた村。
農業革命は成功しつつある。
病は消えた。
飢餓も消えた。
交易も始まった。
紡織産業も動き始めている。
だが。
ケルナインは知っていた。
豊かになったからこそ守る力が必要だと。
人は豊かな場所を狙う。
盗賊も。
奴隷商も。
傭兵崩れも。
だから戦力は必要だった。
そんな中。
広場の中央にソフィアが立っていた。
巨大な鬼人。
長い黒髪。
巨大な斧槍。
周囲の村人たちは少し緊張している。
昨日までは酒飲みだった。
今日は戦士だった。
エミリーが腕を組む。
「模擬戦だな」
ソフィアが笑った。
「そうだ」
「強い奴がいると聞いた」
エミリーが鼻を鳴らす。
「私だ」
周囲が笑う。
ソフィアも笑う。
「いいな」
「そういうの嫌いじゃない」
ロバートが進み出た。
「三人でやるか」
ソフィアが眉を上げる。
「三人?」
「エミリー」
「リーヴ」
「ティグリス」
三人が前に出る。
狼獣人。
狼獣人。
虎獣人。
村の前衛主力。
最近は訓練を重ねていた。
魔法も使える。
身体強化も使える。
以前とは別人だ。
ソフィアは笑った。
「面白い」
「来い」
試合開始。
瞬間。
エミリーが飛ぶ。
身体強化。
筋肉強化。
風属性。
一気に距離を潰す。
鋭い爪がソフィアの首を狙った。
速い。
以前のエミリーではない。
しかし。
ソフィアは動かなかった。
ガキィン!
鈍い音。
斧槍の柄で受け止める。
周囲が驚く。
見えた者は少ない。
リーヴが右から飛び込む。
風刃。
ウィンドブレード。
空気を裂く。
ソフィアは半歩動く。
それだけ。
風刃が空を切る。
「良い」
鬼人が笑う。
ティグリスが地面を蹴った。
獣人離れした膂力。
土属性魔法。
身体強化。
筋肉強化。
全力。
大盾のような拳。
ソフィアへ叩き込む。
ドゴォッ!!
轟音。
土煙。
見物人が歓声を上げる。
当たった。
そう思った。
しかし。
煙の中。
ソフィアは立っていた。
片腕で受け止めていた。
ティグリスの目が見開く。
「嘘だろ」
ソフィアは笑う。
「重いな」
そして。
軽く押した。
それだけだった。
ティグリスの身体が吹き飛ぶ。
十メートル。
地面を転がる。
村人が静まり返る。
強い。
圧倒的だった。
エミリーが牙を剥く。
「まだだ!」
再び飛ぶ。
今度はリーヴと同時。
左右から挟撃。
風属性。
身体強化。
獣人特有の連携。
ソフィアは感心した。
本当に感心した。
「いいな」
「ちゃんと鍛えてる」
次の瞬間。
鬼人の魔力が膨れ上がる。
身体強化。
筋肉強化。
ただそれだけ。
特殊な技ではない。
しかし規模が違った。
ゴッ!!
地面が沈む。
見物人が息を呑む。
ソフィアが動く。
速い。
大きな身体とは思えない。
エミリーの背後。
リーヴの横。
一瞬で回り込む。
二人の背中を軽く叩く。
それだけ。
二人は転がった。
致命打ではない。
模擬戦だから。
だが戦場なら終わっている。
エミリーが立ち上がる。
悔しそうだった。
ソフィアは笑う。
「いい顔だ」
「悔しいか?」
「悔しい」
即答だった。
ソフィアは嬉しそうだった。
「なら伸びる」
ティグリスも戻ってくる。
三人が並ぶ。
再戦。
今度は魔法を使う。
風。
土。
身体強化。
連携。
以前なら不可能だった。
村人たちは固唾を飲む。
ソフィアは防戦に回った。
理由は一つ。
見たかったから。
どこまで育っているか。
風刃。
土槍。
突撃。
連携。
判断。
呼吸。
すべてが噛み合っている。
ソフィアは驚いた。
本当に驚いた。
冒険者歴十五年。
数え切れない戦士を見てきた。
しかし。
短期間でここまで育った連中は見たことがない。
その時。
ティグリスの土槍が足元を狙う。
同時。
リーヴの風刃。
さらに。
エミリーが正面。
三方向。
ソフィアは笑った。
「なるほど」
今度は本気で踏み込む。
ドン!!
地面が爆ぜた。
鬼人の突進。
真正面。
エミリーが吹き飛ぶ。
リーヴが避ける。
ティグリスが受ける。
そして。
斧槍の先端が三人の喉元で止まった。
勝負あり。
静寂。
誰も喋らない。
強かった。
圧倒的だった。
しかし。
ソフィアは首を横に振った。
「強いのは私じゃない」
周囲が首を傾げる。
ソフィアは三人を見る。
「普通ならこうは育たない」
「一年」
「いや」
「数年かかる」
エミリーが息を整える。
ソフィアは続けた。
「強くなった理由がある」
その視線の先。
訓練場の端。
ケルナインがいた。
いつも通り。
静かに見ているだけ。
命令もしない。
威張らない。
前にも出ない。
ソフィアは笑った。
「変な男だ」
ロバートが笑う。
「そうだろ」
「変だ」
「でも」
「村を強くする」
ソフィアは頷く。
それは認めるしかなかった。
自分は強い。
だが。
自分は人を強くできない。
そこが違う。
訓練が終わる。
村人たちが拍手する。
エミリーも笑った。
リーヴも笑った。
ティグリスも笑った。
負けた。
だが得たものは大きい。
ソフィアは斧槍を担ぐ。
そして大声で言った。
「よし!」
「昼飯だ!」
一瞬静まり返る。
次の瞬間。
大爆笑が起きた。
エミリーが呆れる。
「それか」
「腹減った」
即答だった。
鬼人ソフィア。
強く。
豪快で。
よく食う。
新しい仲間は。
どうやら村に馴染みそうだった。




