31話:鬼人と酒
人口千人突破の祭りから数日後。
村は再び忙しさを取り戻していた。
祭りは終わった。
しかし。
畑は終わらない。
工房も終わらない。
人が生きる限り仕事は続く。
それがこの村だった。
朝。
グランが砂糖工房で頭を抱えていた。
大量の砂糖黍。
大量の甜菜。
その隣。
山のような搾りカス。
「どうするかなぁ……」
職人は捨てるのを嫌う。
特にこの村はそうだ。
貧しかった。
だから知っている。
捨てる余裕など存在しない。
そこへ現れたのはケルナインだった。
「どうした」
「これです」
グランが搾りカスを指差した。
「砂糖は取れました」
「でも大量に残る」
「家畜の餌には使えますが……まだ余る」
ケルナインは少し考える。
鑑定。
視界に情報が流れる。
発酵適性。
糖分残存。
酵母適性。
瞬時に結果が出る。
そして。
答えは簡単だった。
「酒になる」
グランが固まった。
「……は?」
「酒になる」
「酒?」
「酒だ」
数秒。
そして。
グランの顔色が変わった。
職人の顔になった。
「本当か!?」
「なる」
「砂糖黍カスも」
「甜菜カスも」
「発酵できる」
その瞬間。
グランは走った。
全力だった。
向かった先は一つ。
酒造工房。
バルドの元だった。
ドアが吹き飛びそうな勢いで開く。
「バルドォォォ!!」
「なんだ騒がしい!」
「酒だ!」
「酒?」
「酒だ!!」
ドワーフ二人が向き合う。
数秒。
そして。
理解した。
職人だから。
可能性を理解した。
「……やるぞ」
「おう」
その日。
酒造工房が地獄になった。
良い意味で。
大量の樽。
大量の発酵槽。
大量の試作品。
ドワーフたちが目を輝かせる。
「これも酒!」
「こっちも酒!」
「まだ酒!」
「全部酒!」
周囲の人間たちは少し引いていた。
ドワーフは酒になると怖い。
夕方。
試作品第一号が完成した。
琥珀色。
甘い香り。
バルドが一口飲む。
静止。
沈黙。
そして。
涙を流した。
「美味ぇ……」
グランも飲む。
涙を流した。
「美味ぇ……」
周囲が爆笑した。
そこへ。
新しい来訪者が現れる。
門番が慌てて走ってくる。
「来客です!」
「かなり大きいです!」
エミリーが首を傾げる。
「大きい?」
門へ向かう。
そこには。
巨大な女性が立っていた。
二メートル近い。
赤黒い角。
長い黒髪。
筋肉質。
巨大な斧槍。
鬼人族。
圧倒的な存在感。
周囲の新人移住者が息を呑む。
その女性は鼻をひくつかせた。
「酒の匂いだ」
開口一番それだった。
エミリーが固まる。
セリナが苦笑する。
女性は真顔だった。
「良い酒の匂いがする」
「ここか」
「噂の村は」
エミリーが尋ねる。
「あなたは?」
女性は胸を張った。
「ソフィア」
「冒険者だ」
「最近食えなくてな」
実に正直だった。
セリナが吹き出しそうになる。
ソフィアは続ける。
「仕事を探している」
「酒も探している」
「肉も探している」
「あと寝床」
「できれば全部欲しい」
エミリーが笑った。
嫌いじゃない。
こういう人間は。
分かりやすい。
ソフィアはさらに酒の匂いを辿る。
完全に犬だった。
鬼人なのに。
酒造工房へ一直線。
そして。
バルドと遭遇する。
ドワーフ。
鬼人。
酒好き。
最悪の組み合わせだった。
「飲むか?」
バルドが言う。
「飲む」
ソフィアが即答する。
数分後。
意気投合していた。
「美味ぇ!」
「だろ!」
「美味ぇ!」
「だろ!」
周囲が呆れる。
まだ初対面だった。
ガイルが笑う。
「もう仲間だな」
ロバートも笑う。
「そうだな」
ソフィアは酒を飲む。
肉を食う。
笑う。
久しぶりだった。
安心して飯を食えたのは。
安心して酒を飲めたのは。
安心して眠れそうなのは。
この村には。
盗賊がいない。
奴隷商がいない。
飢餓がない。
病がない。
人が笑っている。
それだけで十分だった。
夜。
ソフィアは広場に座る。
焚き火を眺める。
村人たちの笑顔を見る。
子供たちが走る。
職人たちが笑う。
農民たちが歌う。
そして遠く。
ケルナインが静かに村を見ていた。
前には出ない。
命令もしない。
威張らない。
それでも。
村は動いている。
ソフィアは少し不思議そうに呟いた。
「変な男だな」
隣でロバートが笑う。
「そうだな」
「変な人だ」
「でも」
「本物だぞ」
ソフィアは再びケルナインを見る。
その視線は。
これから始まる物語の予感だった。
鬼人の冒険者。
ソフィア。
新しい力が。
また村へ加わった。




