25.2話:発酵革命
朝。
村の中央広場。
いつもなら農作業へ向かう時間だった。
しかし今日は違う。
広場には多くの人が集まっていた。
獣人。
エルフ。
人間。
ドワーフ。
魔族。
皆が何かを囲んでいる。
中心にいるのはトミーだった。
狐獣人の耳が忙しく動いている。
その隣には酒職人バルド。
醸造職人グラン。
さらにエルフの薬師達も並んでいた。
ケルナインは少し離れた場所から見守る。
今日は教える必要がない。
専門家がいるからだ。
「始めるぞ。」
バルドが樽を叩く。
ドン。
「酒造りだ。」
ドワーフ達が歓声を上げた。
村人達は首を傾げる。
酒は知っている。
だが作り方は知らない。
ましてや醸造など聞いたこともなかった。
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グランが木箱を開く。
中には白い塊が入っていた。
「これが麹だ。」
村人達がざわつく。
トミーが得意げに胸を張った。
「俺が見つけた。」
セリナが呆れた顔をする。
「たまたまでしょう。」
「運も才能だ。」
トミーは真顔だった。
周囲が笑う。
グランも苦笑した。
「まあ見つけたのは事実だ。」
「だから褒めてやれ。」
トミーが勝ち誇った顔をする。
セリナはため息をついた。
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次に出されたのは酵母だった。
小さな壺。
一見すると泥のようにも見える。
バルドが説明する。
「こいつが酒を作る。」
「こいつが世界を変える。」
村人達は意味が分からない。
だがケルナインは知っている。
発酵。
目に見えない生命の力。
文明を押し上げる力。
食料保存。
栄養価向上。
交易価値向上。
全ての始まりだった。
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その頃。
別の場所では農業会議が行われていた。
参加者は。
エミリー。
リーヴ。
ティグリス。
セリナ。
エレノア。
そして農民達。
トミーが持ってきた紙を広げる。
「大豆を増やす。」
「芋も増やす。」
農民達が頷く。
ケルナインが補足する。
「大豆は土を豊かにする。」
「芋は飢饉に強い。」
農民達の顔色が変わる。
今まで誰も教えてくれなかった知識だった。
この世界では。
農業は経験だった。
親から子へ。
口伝だけだった。
だが今は違う。
理論がある。
教育がある。
だから成長が速い。
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エレノアが静かに聞いていた。
老女侯爵。
かつて王都で奴隷制度へ反対し続けた女性。
今は村の成長を見守っている。
彼女は思う。
不思議な村だと。
獣人が農業を語る。
エルフが保存技術を学ぶ。
ドワーフが酒を作る。
人間が皆をまとめる。
王都では考えられない。
種族は壁だった。
身分は壁だった。
だがこの村にはない。
あるのは能力だけ。
努力だけ。
その光景を見ていると胸が温かくなる。
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午後。
発酵小屋の建設が始まった。
ドワーフ達が大活躍する。
石工。
大工。
鍛冶師。
全員が動く。
ガイルが指示を飛ばす。
「そこ曲がってる!」
「やり直しだ!」
若いドワーフが慌てる。
「すまん!」
ガイルは笑った。
「最初から上手い奴なんていねぇ!」
その言葉に新人達が安心する。
昔のガイルなら言わなかった。
だが今は違う。
育てられたから。
だから育てる。
村の空気が変わっていた。
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夕方。
発酵小屋が完成する。
まだ粗末だ。
だが十分だった。
バルドが樽を並べる。
グランが麹を準備する。
トミーが在庫表を書いている。
セリナが利益計算を始める。
役割分担。
自然に出来ていた。
ケルナインは一言も指示していない。
必要な知識だけ教えた。
後は皆が考える。
皆が動く。
それが理想だった。
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その頃。
村の子供達が騒いでいた。
「なんかいい匂いする!」
「肉の匂いじゃない!」
ドワーフ達が笑う。
「まだだ。」
「本番はもっと凄い。」
村人達も期待し始める。
発酵食品。
酒。
味噌。
醤油。
酢。
今は誰も知らない。
だが数年後。
この村の名物になる。
そして巨大な交易品になる。
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夜。
会議が開かれた。
セリナが報告する。
「人口増加。」
「農地拡大。」
「発酵施設完成。」
「食料生産増加。」
順調だった。
非常に順調だった。
だが問題もある。
「人口増加が早い。」
「食料はまだ余裕がない。」
エミリーが頷く。
「狩りを増やすか。」
リーヴも賛成した。
「弓兵も育ち始めている。」
「以前より狩猟効率は上がる。」
そこでケルナインが初めて口を開く。
「次は魔法教育だ。」
全員が顔を上げた。
「全員がバレットを覚える。」
静まり返る。
魔法は特別なもの。
そう思われていた。
だがケルナインは違う。
「才能ではない。」
「技術だ。」
その言葉に。
エミリーが笑う。
リーヴも笑う。
ロバートも頷く。
ティグリスも笑う。
ガイルは腕を組んだ。
皆。
実際に覚醒した。
だから信じられる。
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会議が終わる。
帰り際。
エレノアは空を見上げた。
星が綺麗だった。
胸の奥が温かい。
不思議と疲れない。
最近。
杖が軽い。
最近。
息切れしない。
最近。
腰が痛まない。
本人はまだ気付いていない。
だが体内では確実に変化が始まっていた。
魔力が巡る。
自然に。
穏やかに。
人の成長を喜び続ける老侯爵の中で。
魔力循環が少しずつ完成し始めていた。
そして翌日。
村全体を巻き込む大規模なバレット教育が始まる。
魔法は才能ではない。
教育である。
その証明の日が近づいていた。




