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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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241話 教師達の引退

世界は変わった。


かつて。


貧困村と呼ばれた土地があった。


病が蔓延し。


飢餓が日常で。


盗賊や奴隷商が村を襲い。


子供達は未来を知らなかった。


教育など存在しない。


才能があっても開花しない。


魔力を持っていても使えない。


それが当たり前だった。


しかし。


今は違う。


農業革命が起きた。


紡織産業が広がった。


魔力操作が常識になった。


魔力循環が普及した。


魔力吸収の理論も広まった。


かつて一部の天才しか知らなかった技術が、今では子供でも学ぶ基礎教育となっている。


全世界人口二百億人。


全世界教師数二百億人。


全世界教導スキル覚醒者二百億人。


教育は特権ではない。


空気や水と同じ。


誰もが受けるものになった。


そして。


だからこそ。


一つの時代が終わろうとしていた。



世界図書館。


巨大な会議場。


歴史上初めて。


教師達の大集会が開かれていた。


集まったのは。


かつて世界を変えた教師達。


マイケル。


エルナ。


ミシェル。


エミリー。


セリナ。


ロバート。


トミー。


リーン。


ベルン。


そして世界中の初期世代の教導者達。


皆が歳を重ねていた。


長命化しているため老いてはいない。


肉体も若い。


戦える。


教えられる。


現役で活動することも可能だった。


しかし。


彼らは知っていた。


時代が変わったことを。



会議場の中央。


最初に立ち上がったのはマイケルだった。


かつて泣き虫だった少年。


今では世界最大級の教育機関の創設者。


数十億人の教師を育てた男。


会場を見渡し。


静かに語る。


「皆さん。」


「私は引退しようと思います。」


会場は静まり返った。


驚く者はいない。


むしろ。


多くが同じ考えだった。


マイケルは続ける。


「昔は教師が足りませんでした。」


「だから私達が必要でした。」


「でも今は違います。」


「教師は溢れるほどいる。」


「教導スキルも世界中に広がった。」


「私がいなくても世界は回ります。」


それは事実だった。


もはや一人の教師に依存する時代ではない。


教育そのものが文化になった。



次に立ち上がったのはエルナだった。


優しさで世界を支えた女性。


無数の孤児を育てた母。


聖女と呼ばれた存在。


「私もです。」


穏やかな笑みを浮かべる。


「最近の子供達は凄いんです。」


「私が教えることなんて、ほとんどありません。」


会場から笑いが漏れる。


エルナは続ける。


「昔は病を治すだけで奇跡でした。」


「今では十歳の子供でも高度治療を使えます。」


「私達の役目は終わったと思うんです。」


彼女の言葉に多くが頷いた。



ミシェルも立ち上がる。


世界最高峰の索敵教師。


かつては一人で国境を監視した。


今では。


索敵専門教師だけで数億人いる。


「昔は私しか見えなかった。」


「今は違う。」


「私より優秀な子がたくさんいる。」


ミシェルは嬉しそうだった。


悔しさなどない。


むしろ誇らしい。


弟子が師を超える。


教師にとってそれ以上の喜びはない。



ロバートは豪快に笑った。


「俺も引退だな!」


会場が笑う。


元帥。


将軍。


英雄。


数々の肩書きを持つ男。


しかし本人は気にしていない。


「若い奴らが強すぎる。」


「俺が二十歳だった頃より遥かに強ぇ。」


「だったら前に出る必要ねぇ。」


ロバートの言葉にエミリーが頷く。


狼獣人の将軍。


世界中の軍事学校を作った女性。


「戦争を学ぶ時代は終わった。」


「今は守る技術と救う技術の時代。」


その言葉は重かった。



セリナは資料を閉じた。


ダークエルフの政策家。


かつて世界の物流を整えた女性。


「研究者が増えています。」


「冒険者も増えています。」


「技術者も増えています。」


「私達の世代が想像できなかったほど。」


静かな声だった。


「つまり。」


「教師が世界を導く時代から。」


「世界が自ら進化する時代になった。」


会場に沈黙が落ちた。


誰も反論しない。


その通りだった。



そして。


議論は新しいテーマへ移った。


今。


若者達が熱狂しているもの。


魔物研究。


ダンジョン研究。


魔法理論。


空間技術。


異界探査。


重力制御。


超能力学。


生命科学。


古代文明研究。


これらは。


初期世代の教師達が築いた基盤の上で生まれた。


そして。


もはや彼らの専門外でもあった。


若者達の方が詳しい。


若者達の方が優秀だ。


若者達の方が速い。


それを認めることは敗北ではない。


成功だった。



その頃。


世界図書館では。


若い研究者達が議論していた。


「ダンジョンの魔力循環理論について!」


「魔物発生源の解析結果です!」


「異界観測データが更新されました!」


「新しい空間魔法理論です!」


熱気に満ちている。


数百年前。


存在しなかった光景。


彼らは教師に言われて動いているのではない。


自ら学び。


自ら挑戦している。


環境がそうさせた。



会議の最後。


マイケルが立ち上がる。


「皆さん。」


「覚えていますか?」


誰もが静かになる。


「昔。」


「貧困村がありました。」


「病がありました。」


「食べるものがありませんでした。」


「教育もありませんでした。」


皆が覚えている。


忘れられるはずがない。


「その時。」


「私達は教師になりました。」


「必要だったからです。」


声が少し震える。


「でも今は違います。」


「研究者が必要です。」


「冒険者が必要です。」


「発明家が必要です。」


「新しい挑戦者が必要です。」


会場中が頷いた。



マイケルは笑った。


優しい笑みだった。


「だから。」


「後は任せましょう。」


その瞬間。


拍手が起こった。


最初は一人。


次に十人。


百人。


千人。


万人。


やがて会場全体を包む。


教師達は立ち上がる。


互いに拍手を送る。


誰も負けていない。


誰も取り残されていない。


全員が役目を果たした。


だから次へ進む。



その日。


世界中で同じ光景が見られた。


老教師が教壇を降りる。


若い教師が前へ出る。


若い教師が教壇を降りる。


さらに若い教師が前へ出る。


知識は止まらない。


人も止まらない。


流れ続ける。


それが教育だった。



世界はさらに広がる。


異界の研究。


魔法の起源。


魔物の生態。


ダンジョンの正体。


生命の進化。


誰も答えを知らない。


だから面白い。


だから挑戦する。


教師達は静かに後ろへ下がった。


寂しさは少しあった。


しかし。


それ以上に誇らしかった。


彼らが育てた子供達が。


今度は世界そのものを育て始めていたからだ。


環境が人を育てる。


その言葉は。


もはや教室だけの話ではない。


世界そのものが。


次の世代を育て始めていた。






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