240話 世界の謎
世界が豊かになると、人は次の問いを持つ。
食べるために生きていた時代。
盗賊や奴隷商に怯えていた時代。
病に苦しんでいた時代。
貧困村が世界中に存在していた時代。
その頃の人々は考える余裕などなかった。
生き残ること。
それだけで精一杯だった。
しかし今は違う。
全世界人口二百億人。
全世界食料充足率百三十%。
全世界識字率百%。
全世界魔法属性覚醒率百%。
全世界教師数二百億人。
全世界教導スキル覚醒者二百億人。
農業革命は飢餓を終わらせた。
紡織産業は寒さを克服した。
治癒技術は病を抑え込んだ。
魔力操作。
魔力循環。
魔力吸収。
その教育が広まり、人類はかつてない繁栄を手にしていた。
だからこそ。
新しい疑問が生まれた。
何故魔物が存在するのか。
何故魔法が使えるのか。
何故ダンジョンが存在するのか。
そして。
何故この世界は成り立っているのか。
◇
世界図書館。
全知識保存計画の中枢。
数十億冊を超える書物。
数百億件の研究資料。
数兆を超える記録。
その巨大施設の一角に、新たな研究部門が誕生した。
世界起源研究局。
初代局長は。
魔女アリアだった。
百年以上研究を続けてきた女性。
若返った今も知識への探究心は衰えない。
むしろ加速していた。
演説台に立ったアリアは静かに語る。
「我々は豊かになりました。」
「だから次は世界そのものを理解します。」
静まり返る会場。
数百万人の研究者が集まっていた。
若い者が多い。
十代。
二十代。
三十代。
彼らの目は輝いていた。
未知への好奇心。
それが燃えていた。
◇
最初の研究対象。
魔物。
かつては討伐対象だった。
人を襲う。
畑を荒らす。
村を滅ぼす。
だから倒した。
それだけだった。
しかし。
若い研究者達は疑問を持った。
「何故生まれる?」
「何を食べている?」
「何故魔石を持つ?」
「何故魔法を使う?」
調査隊が編成される。
新生冒険者達が参加した。
討伐ではない。
観察。
調査。
研究。
彼らは数年間に渡り魔物を追跡した。
結果。
驚くべき事実が発見された。
魔物は魔力の濃い地域で発生しやすい。
ダンジョン周辺。
魔力溜まり。
古代遺跡。
それらの地域で発生率が高い。
さらに。
魔物同士にも生態系が存在していた。
草食種。
肉食種。
雑食種。
捕食関係。
縄張り。
繁殖期。
群れ。
それらが確認された。
若者達は興奮した。
「生物学だ!」
「魔物学だ!」
「研究できる!」
新たな学問が誕生した。
◇
次に研究されたのは魔法だった。
魔法は何故存在するのか。
誰も知らなかった。
使えるから使う。
それが常識だった。
だが研究者達は違う。
知りたい。
理解したい。
説明したい。
そう考えた。
研究は世界規模で行われた。
火属性。
水属性。
風属性。
土属性。
光属性。
闇属性。
重力。
雷。
地震。
空間。
金属。
十一属性。
二百億人が研究する。
それは歴史上初めてのことだった。
結果。
魔力循環が重要であることが判明する。
体内を巡る魔力。
精神状態。
肉体状態。
環境。
全てが影響していた。
さらに。
魔法陣。
詠唱。
イメージ。
これらは補助技術であることも判明した。
つまり。
本質は魔力そのものだった。
「面白い。」
「面白すぎる。」
若者達は寝る時間すら惜しんで研究した。
◇
そして。
最大の謎。
ダンジョン。
その研究が始まる。
世界には数百万のダンジョンが存在する。
浅いもの。
深いもの。
巨大なもの。
小さなもの。
誰もその正体を知らなかった。
調査隊が派遣される。
ミシェル率いる索敵部隊。
ロバート率いる護衛部隊。
マイケル率いる治療班。
研究者達は最深部へ向かった。
そこで発見された。
巨大な魔力結晶。
山ほど存在する魔石。
古代文字。
未知の技術。
そして。
膨大な記録。
ソートグラフィーによる解析。
サイコメトリーによる記憶読取。
ポストコグニションによる過去視。
数千万人規模の研究が行われた。
結果。
仮説が生まれる。
ダンジョンとは。
魔力循環装置ではないか。
世界に満ちる魔力を循環させる装置。
だから魔物が生まれる。
だから魔石が生まれる。
だから魔力が供給される。
その可能性が指摘された。
◇
研究は止まらない。
若者達はさらに進む。
竜族領。
魔王国領。
悪魔領。
異界。
あらゆる場所へ向かう。
竜族も研究に参加した。
魔王国も参加した。
悪魔達も参加した。
争う理由がない。
知識は共有した方が得だからだ。
世界図書館へ。
毎日。
毎時間。
毎秒。
新しい知識が送られる。
世界最大の知識集積所。
そこには種族の壁もない。
国家の壁もない。
学びたい者だけがいた。
◇
ある日。
若い研究者がアリアへ尋ねた。
「先生。」
「どうして研究するんですか?」
アリアは笑った。
百年以上研究してきた女性の笑みだった。
「知りたいからです。」
「それだけですか?」
「それだけです。」
若者は首を傾げた。
アリアは続ける。
「昔の人は生きるために戦いました。」
「今の人は知るために挑戦できます。」
「それは豊かさの証です。」
若者は黙った。
確かにそうだった。
昔は。
生きるだけで精一杯だった。
今は違う。
未知を追える。
謎を追える。
夢を追える。
◇
その頃。
世界各地では。
新しい学者。
新しい研究者。
新しい発明家。
新しい冒険者。
新しい教師。
新しい職人。
新しい技術者。
無数の若者達が生まれていた。
強くなりたい者。
知りたい者。
作りたい者。
救いたい者。
守りたい者。
様々な願いがあった。
そして。
それを実現できる環境があった。
かつて貧困村から始まった小さな改革。
農業革命。
紡織産業。
教育革命。
魔法革命。
冒険者革命。
それらが積み重なった結果。
世界は次の段階へ進んでいた。
生き延びる時代は終わった。
理解する時代が始まった。
何故魔物がいるのか。
何故魔法があるのか。
何故ダンジョンがあるのか。
その答えはまだ見つかっていない。
しかし。
探す者達はいる。
二百億人の世界には。
無限に近い探究心が存在していた。
環境が人を育てる。
その言葉は今。
戦士だけでなく。
研究者達によっても証明されようとしていた。




