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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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229.3話 異界へ集う者たち(中編)

異界へ移住した魔族や悪魔族たちは、最初の数か月を驚きの連続の中で過ごしていた。


畑がある。


仕事がある。


学校がある。


治療院がある。


それだけでも十分に驚異だった。


しかし彼らが本当に驚いたのは別のことだった。


食料が余っている。


その事実だった。


魔界では考えられない。


悪魔領でも考えられない。


豊作の年ですら食料不足は起きる。


支配者が備蓄を独占する。


商人が買い占める。


戦争が起きる。


輸送が止まる。


結果として飢える者が出る。


それが当たり前だった。


しかし異界では違った。


農業革命によって生み出された膨大な生産力。


十億人を超える農民。


十億人を超える教師。


十億人を超える教導スキル保持者。


さらに魔力操作。


魔力循環。


魔力吸収。


教育によって普及した技術。


実質無限魔力に到達した者も増え続けている。


それらが結び付き、常識外れの生産力を生み出していた。


結果。


穀倉地帯の倉庫には大量の小麦が積み上がっていた。


「余っている。」


移住してきた若い悪魔族の女性が呆然と呟いた。


巨大倉庫。


そこには山のような小麦袋。


職員は笑顔で答える。


「今年は余剰分ですね。」


「余剰……。」


女性は言葉を失う。


飢餓の経験しかなかった。


余るという概念が理解できなかった。


その余剰穀物を見て目を輝かせた者がいた。


ドワーフの醸造職人。


バルドだった。


「これは酒になる。」


その一言から始まった。


巨大醸造計画。


異界中央醸造都市。


数万人規模の醸造職人。


農業教師。


魔道具師。


鍛冶師。


全員が集まる。


まず取り組んだのはビールだった。


麦を発芽させる。


乾燥させる。


粉砕する。


発酵させる。


技術自体は昔から存在した。


しかし生産量が違う。


原料が違う。


設備が違う。


教育水準が違う。


何より人材が違う。


魔力操作を習得した職人たちは発酵温度を正確に管理する。


水属性魔法で温度を調整する。


風属性魔法で換気を行う。


光属性で殺菌する。


結果。


品質が安定した。


そして。


異界初の大規模生産型ビールが完成する。


試飲会。


巨大広場。


数万人が集まった。


木製ジョッキが配られる。


黄金色の液体。


細かい泡。


香ばしい麦の香り。


静寂。


そして。


一口。


「うまい!」


歓声が爆発した。


農民が笑う。


職人が笑う。


教師が笑う。


移住してきた魔族たちも驚く。


苦味。


香り。


喉越し。


全てが違う。


「これがビールか。」


年老いた悪魔族の男が目を潤ませた。


「生まれて初めて飲んだ。」


周囲も静かに頷く。


その日。


数十万樽の注文が入った。


異界産ビールは瞬く間に広がっていく。


しかし。


バルドは満足しなかった。


「まだだ。」


隣にいたグランが笑う。


「次か。」


「次だ。」


二人は新しい挑戦を始める。


蒸留酒。


ビールよりも濃い酒。


保存性が高い酒。


長期熟成できる酒。


まず開発されたのはウィスキーだった。


巨大蒸留設備。


魔道具による温度管理。


樽職人による熟成樽。


全てが連携する。


職人たちは研究を重ねる。


失敗する。


改良する。


再挑戦する。


それを繰り返す。


数か月後。


完成した。


琥珀色の酒。


異界産ウィスキー。


試飲したガイルが目を閉じる。


「深いな。」


ベルンも頷いた。


「これは売れる。」


予想は正しかった。


高級酒市場が誕生した。


富裕層。


研究者。


商人。


行政官。


皆が求める。


熟成文化も生まれる。


十年物。


二十年物。


五十年物。


未来を見据えた産業が動き始めた。


さらに。


焼酎も誕生する。


原料は様々だった。


麦。


芋。


豆。


果実。


各地で独自の製法が生まれる。


地方文化が形成される。


酒文化そのものが急成長していった。


その恩恵を最も受けたのは移住者たちだった。


魔族。


悪魔族。


彼らは仕事を得た。


家を得た。


教育を得た。


そして食事を得た。


夕方。


移住者街区。


若い悪魔族の家族が食卓を囲む。


焼きたてのパン。


オーク焼き。


野菜スープ。


そして少量のビール。


子供たちは笑っている。


母親は微笑んでいる。


父親は黙って食事をしている。


やがて。


父親の目から涙が落ちた。


「どうしたの?」


妻が尋ねる。


男はしばらく黙る。


そして静かに答えた。


「飢えてないんだ。」


誰も言葉を返せなかった。


それが全てだった。


昨日の食事を心配しない。


明日の食事を心配しない。


子供が学校へ行く。


病になれば治療を受ける。


働けば生活できる。


当たり前のこと。


しかし彼らにとっては奇跡だった。


窓の外では灯りが広がる。


酒場。


食堂。


工房。


学校。


治療院。


都市全体が生きている。


そして移住者たちは少しずつ理解し始めていた。


異界が豊かな理由。


それは魔法ではない。


種族でもない。


才能でもない。


教育。


環境。


人材育成。


それが積み重なった結果なのだと。


そしてその頃。


ドラゴン領から訪れた者たちにも大きな変化が訪れようとしていた。







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