228話 コナモン革命(前編)
異界移住開始から一年。
農業革命は成功していた。
小麦畑は地平線の果てまで続いている。
かつて食料充足率〇%だった異界は、今や食料充足率一〇〇%を達成していた。
さらに収穫量は増え続けている。
巨大な穀倉地帯。
広大な灌漑設備。
数千万体の農業ゴーレム。
一億人の農民。
一億人の農業教師。
その全てが結実した結果だった。
収穫祭の季節。
異界各地の広場では祭りが開かれていた。
小麦が山のように積み上がる。
子供たちが走り回る。
商人たちが笑う。
職人たちが酒を酌み交わす。
かつて貧困村だった者たちは、この光景を見て感慨を覚えていた。
飢えない。
病に怯えない。
明日を心配しない。
そんな当たり前が存在する。
それだけで世界は変わる。
そして。
余った小麦が新たな文化を生み出した。
最初に始まったのはパンだった。
グランの醸造工房。
そこでは麹や酵母の研究が続けられていた。
「発酵が進んでいます。」
若い職人が報告する。
グランが頷いた。
「良い香りだ。」
焼き窯から香ばしい匂いが漂う。
完成したのは酵母入りパン。
柔らかい。
香りが良い。
保存性も高い。
異界中で爆発的に普及した。
農民も職人も兵士も教師も食べる。
やがて各地で改良が始まる。
果実を入れる。
木の実を入れる。
肉を入れる。
魚介を入れる。
無数の派生が生まれた。
そして次に現れたのが麺だった。
発案したのは若い農業教師だった。
「小麦をもっと活用できませんか?」
その一言から始まった。
小麦を挽く。
水を加える。
練る。
伸ばす。
切る。
茹でる。
最初は失敗ばかりだった。
柔らかすぎる。
固すぎる。
切れる。
崩れる。
しかし教師たちは諦めない。
失敗は共有される。
知識が流れる。
技術が広がる。
だから進歩が速い。
数か月後。
異界初の麺が完成した。
「これは美味い。」
ガイルが唸った。
「酒にも合うな。」
バルドが笑った。
そこから発展は止まらない。
魚醤麺。
味噌麺。
胡麻味噌麺。
オーク骨麺。
各地で独自の麺文化が生まれる。
海洋連盟から運ばれた魚介。
ドワーフたちが作る味噌。
職人たちが育てた胡麻。
オークの骨から取った濃厚な出汁。
それらが融合していく。
文化が生まれていた。
環境が人を育てる。
それは農業だけではない。
食文化も育てるのだ。
その頃。
ベルンは鍛冶工房で悩んでいた。
目の前には巨大な鉄板。
試作品である。
「熱が偏るな。」
職人たちが首を傾げる。
ベルンは腕を組む。
そこへガイルが現れた。
「見せろ。」
鉄板を叩く。
音を聞く。
表面を撫でる。
そして笑った。
「もっと厚くしろ。」
「厚く?」
「熱を溜めるんだ。」
職人たちが動き出す。
試作。
改良。
試作。
改良。
何度も繰り返した。
そして完成した。
大型鉄板。
熱が均一に広がる。
大量調理が可能。
壊れにくい。
洗いやすい。
職人たちは歓声を上げた。
「これだ!」
ベルンが叫ぶ。
「大量に焼ける!」
ガイルも笑った。
「大型化もできるぞ。」
ここから。
異界に新たな革命が始まる。
後にコナモン革命と呼ばれる食文化の大爆発である。




