228.3話 コナモン革命(中編)
大型鉄板が完成してからというもの、異界の職人たちは熱狂していた。
農業革命。
紡織産業革命。
魔道具革命。
それらに続く新たな革命。
食文化革命である。
最初に目を付けたのは、各地の料理人たちだった。
「この鉄板、面白いな。」
「焼きムラが少ない。」
「一度に大量調理できる。」
「祭りに使えるぞ。」
各地で試作が始まる。
肉を焼く。
魚を焼く。
野菜を焼く。
パンを焼く。
ありとあらゆる料理が試された。
その中で爆発的な人気を獲得したのが、ある若い料理人の発想だった。
「小麦粉に具材を混ぜて焼いてみよう。」
最初は単純だった。
小麦粉。
水。
刻んだ野菜。
混ぜる。
焼く。
それだけ。
しかし美味かった。
外は香ばしい。
中は柔らかい。
腹持ちも良い。
農作業帰りの農民たちが飛びついた。
職人たちも気に入った。
子供たちも喜んだ。
さらに改良が進む。
魚介を入れる。
香草を加える。
魚醤を混ぜる。
そしてある日。
異界を代表する料理が誕生する。
オーク焼き。
発案者は冒険者上がりの料理人だった。
彼はオーク討伐帰りに大量の肉を抱えていた。
「この肉、もっと美味く食えねぇかな。」
そう考えた。
刻んだオーク肉。
小麦粉。
魚醤。
刻み野菜。
混ぜる。
鉄板で焼く。
じゅうううう。
香ばしい音が広場に響いた。
肉汁が溢れる。
魚醤の香りが立つ。
野菜の甘みが広がる。
試食した農民が目を見開いた。
「うまい!」
周囲も群がる。
「本当だ!」
「肉と生地が合う!」
「腹いっぱいになる!」
その日だけで数千枚が売れた。
翌週には数万枚。
翌月には異界全土へ広がった。
オーク焼き専門店が誕生する。
職人街。
農業都市。
港町。
どこへ行ってもオーク焼きの香りが漂うようになった。
そして海洋連盟との交易がさらに発展すると、新たな食材が流れ込む。
巨大海魔。
クラーケン。
かつては恐れられた海の怪物。
今では重要な食材だった。
海洋都市アクアマリナ。
海底都市ネプトリア。
そこから大量のクラーケンが届く。
「足が余ってるんだよな。」
サメ族商人ガルシャが頭を掻く。
「何か使い道はねぇか?」
その相談を受けた料理人たちは研究を始めた。
煮る。
焼く。
蒸す。
干す。
試行錯誤の末に生まれたのが。
テンタクル焼きだった。
細かく刻んだクラーケン。
魚介出汁。
小麦粉。
野菜。
混ぜる。
鉄板で焼く。
完成した料理は驚くほど美味かった。
ぷりぷりした食感。
魚介の旨味。
香ばしい生地。
瞬く間に人気商品となる。
港町では行列ができた。
農業都市にも広がる。
内陸部でも人気になる。
やがてさらに進化する。
「丸く焼いてみたらどうだ?」
若い料理人の発想だった。
鉄板に丸い窪みを作る。
生地を流し込む。
刻んだクラーケン。
魚介。
香草。
くるくる回す。
転がす。
焼き上げる。
完成。
ボール焼き。
子供たちは歓声を上げた。
「食べやすい!」
「熱々だ!」
「美味しい!」
祭りで大人気になる。
市場でも売れる。
学校の帰り道でも買われる。
職人たちの休憩時間にも食べられる。
完全に異界の日常へ溶け込んだ。
その頃。
ベルンとガイルは新たな鉄板を開発していた。
「もっと大きく。」
ベルンが言う。
「まだ足りん。」
ガイルも頷く。
職人たちは大型鋳造技術を投入する。
数十人。
数百人。
数千人分を一度に焼ける鉄板。
さらには祭り専用巨大鉄板。
都市広場専用鉄板。
軍団食堂専用鉄板。
次々と生まれていく。
鉄板文化そのものが発展していた。
巨大広場では毎日のように催しが開かれる。
オーク焼き大会。
テンタクル焼き大会。
ボール焼き大会。
子供たちが笑う。
大人たちが語り合う。
職人たちが腕を競う。
食文化が人を繋いでいた。
貧困村だった時代。
食事は生きるためのものだった。
腹を満たすためだけだった。
しかし今は違う。
楽しむ。
学ぶ。
交流する。
文化を作る。
食は文明になっていた。
そして誰も気付いていなかった。
このコナモン文化が、やがて異界最大の産業へ成長することを。
農業。
畜産。
漁業。
物流。
鉄工。
魔道具。
全てを巻き込みながら、さらに巨大な経済圏を形成していくことを。
異界の夜。
無数の鉄板から立ち上る香りが街を包む。
人々は笑っていた。
飢餓の心配はない。
病に怯える必要もない。
明日の食事を悩まなくていい。
だからこそ人は文化を生み出せる。
環境が人を育てる。
その思想は今、食文化という形でも花開いていた。




