227話 異界開拓
アルカディア連邦の歴史において、その日は後世まで語り継がれることになる。
戦争でもない。
革命でもない。
王の即位でもない。
人類史上最大の移住が始まった日だった。
異界。
そこは広大な大地だった。
空は青く、川は流れ、森林も存在する。
だが、人がいない。
耕された畑もない。
街もない。
道路もない。
食料充足率は〇%。
人口は二億二千万人。
だが農地は存在しない。
つまり全員が飢える可能性を抱えていた。
普通の国家なら絶望していた。
しかしアルカディア連邦は違った。
「移住第一陣、出発します!」
巨大な転移門の前。
数え切れない人々が集まっていた。
農民。
教師。
職人。
治癒師。
魔道具師。
鍛冶師。
木工職人。
土木技師。
紡織職人。
そしてゴーレム使いたち。
彼らは不安よりも期待を抱いていた。
なぜなら彼らは知っている。
環境が人を育てることを。
貧困村だったアルナ村が変わった。
ベルグ村が変わった。
ノース村が変わった。
ハイランド村が変わった。
リーフ村が変わった。
ストーン村が変わった。
貧困。
病。
飢餓。
盗賊。
奴隷商。
その全てを乗り越えてきた。
だから未知の土地にも恐怖はなかった。
最初に歩き出したのは農民たちだった。
一億人。
同時に。
誰もが農業技術を学んでいる。
誰もが教師でもある。
誰もが教導スキルを持つ。
誰もが後進を育てられる。
かつての世界には存在しなかった集団だった。
「土壌調査開始!」
「水脈確認!」
「地形確認!」
「気候観測開始!」
指示を出すのは現場の教師たち。
もはや誰か一人の命令で動く組織ではない。
各地で判断が行われる。
各地で教育が行われる。
各地で技術が共有される。
知識が流れる。
人材が育つ。
それこそがアルカディア連邦最大の強みだった。
広大な平原。
農民たちは土を手に取る。
「良い土だ。」
「小麦に向いてる。」
「水は十分ある。」
「収穫量は期待できる。」
瞬く間に結論が出る。
経験。
教育。
知識。
全てが蓄積されている。
そして作業が始まった。
土属性魔法。
風属性魔法。
水属性魔法。
二億二千万人全員が属性を覚醒している。
さらに十一属性以上を扱える。
そんな国家は存在しなかった。
「アースウォール!」
「ソイルカッター!」
「ストーンバレット!」
大地が整えられていく。
岩が砕かれる。
地面が平らになる。
水路が掘られる。
普通なら数十年かかる開拓だった。
しかし。
アルカディア連邦にはゴーレムがいた。
巨大なゴーレム農機。
巨大なゴーレムトラクター。
数百万体。
土木用ゴーレム。
運搬用ゴーレム。
農業用ゴーレム。
建築用ゴーレム。
彼らが同時に動き出した。
地面が耕される。
畑が広がる。
道路が伸びる。
開拓速度は常識を超えていた。
その様子を見ていたガイルが笑う。
「こりゃあ職人冥利に尽きるな。」
ドワーフの鍛冶師たちも忙しい。
鋤。
鍬。
鎌。
荷車。
部品。
歯車。
次々と生産されていく。
ベルンも弟子たちを率いていた。
「止まるな!」
「次を作れ!」
「開拓は始まったばかりだ!」
職人たちが声を上げる。
誰も疲れた顔をしていない。
働く意味を知っているからだ。
かつての彼らは違った。
貧困の中で生きていた。
努力しても報われなかった。
病で家族を失った。
食料不足で苦しんだ。
それが今では違う。
技術が未来を作る。
教育が未来を作る。
誰もが理解していた。
一方。
紡織産業も動き出していた。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
三人のエルフ職人が中心となる。
巨大な工房が建設される。
綿花畑予定地も確保された。
糸車。
織機。
染色施設。
次々と完成していく。
「衣服は人の尊厳です。」
リーザが静かに言う。
「食べるだけじゃ駄目です。」
リーブが続く。
「文化も育てなければ。」
リーゼが微笑む。
三人は理解していた。
国家とは食料だけでは成立しない。
衣服。
住居。
教育。
文化。
全てが必要なのだ。
そしてその頃。
セリナは巨大な地図を見つめていた。
ダークエルフ特有の冷静な瞳が各地を観察する。
「順調ですね。」
報告書が積み上がる。
開拓速度。
人口配置。
農地面積。
建設状況。
全てが予想を上回っていた。
「環境が整えば、人は勝手に育つ。」
セリナは呟いた。
かつて教えられた思想。
今では現実となっている。
人は無能ではない。
教育がなかっただけ。
機会がなかっただけ。
環境がなかっただけ。
その結果が今目の前に広がっていた。
二億二千万人。
全員が教師。
全員が学習者。
全員が生産者。
全員が開拓者。
そんな国家は存在しなかった。
そして移住開始からわずか数日。
異界各地に最初の村が誕生し始める。
小麦畑が広がる。
井戸が掘られる。
家が建つ。
学校が建つ。
治療院が建つ。
倉庫が建つ。
人が集まり。
人が学び。
人が育つ。
異界の大地に新たな文明の灯がともり始めていた。
そして誰も気付いていなかった。
この開拓が。
後に異界全土を変える農業革命の始まりになることを。




