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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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224話 魔王も困る

アルカディア連邦設立から百年以上。


世界は大きく変わった。


かつて世界を覆っていた貧困。


病。


飢餓。


略奪。


戦争。


そのほとんどが歴史書の中へ消えていた。


教育が広がった。


農業革命が起きた。


魔力操作と魔力循環が普及した。


治癒技術も進歩した。


人々は豊かになった。


長命になった。


そして賢くなった。


その結果として生まれた問題があった。


魔王が困っていた。


魔族領中央。


黒曜石で作られた巨大な魔王城。


その最上階。


執務室。


魔王は机に突っ伏していた。


「……。」


沈黙。


重苦しい沈黙。


書類の山。


報告書の山。


統計資料の山。


側近たちも頭を抱えていた。


魔王は深いため息を吐く。


「なぜこうなった。」


側近も困った顔をする。


「私にもわかりません。」


「いや、お前は側近だろう。」


「魔王様も魔王です。」


「そういう問題ではない。」


執務室が静まり返る。


目の前の資料。


そこには信じられない数字が並んでいた。


移住希望者。


増加中。


過去最高。


年々増加。


理由。


教育。


医療。


食料。


治安。


就職。


研究環境。


生活環境。


全部アルカディア連邦の方が上。


魔王は頭を抱えた。


昔は違った。


昔は人類領が貧しかった。


病があった。


飢餓があった。


貴族の圧政もあった。


魔族領の方が豊かな時代もあった。


だから魔王にも存在意義があった。


魔族を守る。


人類と戦う。


国を発展させる。


やることがあった。


今は違う。


戦う理由がない。


侵略する理由もない。


略奪する意味もない。


奪うものがない。


いや。


正確にはある。


人材。


技術。


教育。


医療。


だがそれらは盗めない。


学ぶしかない。


魔王は再び資料を見る。


アルカディア連邦。


人口五十億。


食料充足率千五百パーセント以上。


教師五十億人。


教導スキル覚醒者五十億人。


医療無償。


教育無償。


転移門完備。


異界開拓開始。


しかも犯罪率は極めて低い。


魔王は呟く。


「勝てるわけがない。」


側近が頷く。


「はい。」


「軍事力では?」


「勝てません。」


「経済では?」


「勝てません。」


「教育では?」


「勝てません。」


「医療では?」


「勝てません。」


「文化では?」


「交流した方が得です。」


魔王は天井を見上げた。


終わっていた。


戦争で負けたわけではない。


もっと困る。


比較で負けた。


国民が比較してしまった。


昔のように情報を隠せない。


転移門がある。


念話がある。


教師交流がある。


PEAOがある。


人々は知ってしまった。


世界にはもっと良い環境があると。


魔王は席を立つ。


窓の外を見る。


巨大都市。


美しい都市。


決して貧しくはない。


人々も真面目に働いている。


治安も悪くない。


それでも移住希望者が出る。


なぜか。


答えは簡単だった。


もっと良い場所があるから。


人は豊かさを知れば求める。


それを止めることはできない。


その時。


側近が一枚の書類を差し出した。


「本日の報告です。」


嫌な予感しかしない。


魔王は受け取る。


読んだ。


固まった。


数秒後。


ゆっくり顔を上げた。


「これは何だ。」


「住民投票です。」


「何の。」


側近は言いにくそうに答えた。


「PEAO加盟希望です。」


沈黙。


さらに沈黙。


もっと沈黙。


魔王は窓の外を見た。


現実逃避だった。


しかし現実は逃げてくれない。


「何パーセントだ。」


「賛成九十三パーセントです。」


魔王。


絶句。


側近も絶句。


誰も悪くない。


誰も不正していない。


自由投票。


自由意思。


教育済み国民。


結果。


九十三パーセント。


魔王は椅子に座り直した。


そして静かに言った。


「……。」


側近も黙る。


魔王はもう一度言った。


「……。」


本当に言葉が出ない。


数百年前。


魔王軍。


世界最強。


恐怖の象徴。


人類最大の敵。


その魔王が今。


国民から。


PEAO加盟希望を突き付けられている。


側近が恐る恐る聞く。


「どうされますか。」


魔王は答えた。


「どうすればいい。」


側近。


即答。


「わかりません。」


魔王。


頷く。


「私もわからん。」


二人とも正直だった。


その頃。


魔王城の外では別の光景があった。


広場。


教師交流会。


魔族。


人族。


獣人。


エルフ。


ドワーフ。


ダークエルフ。


全員が机を囲んでいる。


話している内容。


教育。


農業。


医療。


物流。


紡織産業。


研究。


異界開拓。


未来。


誰も戦争の話をしていない。


子供たちも笑っている。


学校帰り。


魔法訓練。


研究発表。


農業実習。


かつて魔王軍候補だった若者たちが教師を目指していた。


さらに問題は続く。


魔族の若者たちは転移門を使う。


アルカディアへ行く。


学ぶ。


帰ってくる。


そして言う。


「向こう凄かったです。」


「研究都市がありました。」


「病院が凄かったです。」


「異界開拓面白そうでした。」


「教師になりたいです。」


魔王は頭痛を感じた。


悪いことではない。


むしろ良いことだ。


しかし魔王の仕事が消える。


侵略する必要がない。


略奪する必要がない。


征服する必要もない。


では魔王とは何なのか。


存在意義が揺らぐ。


その夜。


魔王は一人で城壁に立った。


星空が広がる。


遠くには転移門の光。


異界へ向かう船団。


飛行部隊。


開拓団。


未来へ進む人々。


世界は止まらない。


教育は止まらない。


成長も止まらない。


魔王は静かに笑った。


苦笑だった。


「昔は人類を恐れていた。」


「今は人類に入りたがっている。」


誰も聞いていない独り言。


風だけが答える。


その時。


後ろから声がした。


側近だった。


「魔王様。」


「何だ。」


「PEAOから使者が来ています。」


魔王は振り返る。


嫌な予感しかしない。


「内容は。」


側近は資料を見る。


そして読み上げた。


「魔族領の加盟相談について。」


魔王。


天を仰ぐ。


星空は綺麗だった。


あまりにも綺麗だった。


そして魔王は観念したように呟く。


「……時代に負けたわけではないな。」


側近が答える。


「環境が人を育てたのでしょう。」


その言葉に魔王は少しだけ笑った。


確かにそうだった。


剣でもない。


軍隊でもない。


支配でもない。


教育。


人材。


環境。


それが世界を変えた。


そして今。


魔王でさえ。


その流れの中にいた。







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