215話 世界最大港
海は人を繋ぐ。
その事実を、セレンスキー王国の民はこの日ほど実感したことはなかった。
巨大な汽笛にも似た魔導音が海岸線へ響き渡る。
水平線の彼方。
白銀の巨影が現れた。
一隻ではない。
十隻。
百隻。
さらにその後方にも無数。
巨大なゴーレムフェリー船団だった。
全長数キロ級の輸送艦。
海洋連盟とアルカディア連邦の合同使節団。
それがついにセレンスキー王国へ到着したのである。
港には人が溢れていた。
老人。
子供。
農民。
職人。
兵士。
商人。
教師。
王都だけではない。
近隣都市からも人々が押し寄せていた。
誰もが海を見ている。
誰もが目を輝かせている。
「来たぞ!」
「本当に来た!」
「でかい!」
「城より大きいぞ!」
歓声が響く。
数百万人規模の歓迎だった。
セレンスキー王国は元々内陸国家である。
海との関わりは少ない。
魚介類も高級品だった。
だからこそ。
世界最大規模の海洋国家との交流は国民にとって夢のような出来事だった。
王都中央港。
特設会場。
セレンスキー王は笑顔だった。
王冠を被りながらも堅苦しさはない。
民を愛する王として知られる人物である。
隣には王妃。
重臣たち。
そして教師団。
港へ降り立ったセリナが優雅に一礼した。
黒髪のダークエルフ。
アルカディア連邦を代表する知性。
海洋連盟との橋渡し役でもある。
「お待たせいたしました。」
「ようこそセレンスキー王国へ。」
王は両手を広げた。
「歓迎する。」
「心から歓迎する。」
会場は拍手に包まれた。
セリナは隣へ視線を向ける。
そこには海洋連盟の代表団。
シャチ族長オルカ。
イルカ族代表ルミナ。
サメ族商人代表ガルシャ。
彼らが並んでいた。
海洋国家の最高幹部たちである。
オルカが一歩前へ出る。
巨大な体格。
鋭い眼光。
しかし表情は柔らかい。
「海洋連盟を代表して挨拶する。」
「我々は友として来た。」
その言葉に再び歓声が上がる。
海洋連盟の面々は驚いていた。
敵意がない。
警戒もない。
純粋な歓迎。
民衆の笑顔。
海洋連盟は過去、多くの国と接触してきた。
その中には海を奪おうとする者もいた。
交易だけを求める者もいた。
利用しようとする者もいた。
しかし。
ここまで歓迎されたことは少ない。
ルミナが小さく呟く。
「素敵な国ですね。」
オルカも頷いた。
「そうだな。」
ガルシャは笑う。
「商人としては最高だ。」
そして歓迎式典が始まった。
最初に贈呈されたのは海産物だった。
巨大マグロ。
黄金エビ。
深海カニ。
魔魚。
発光貝。
高級海藻。
海洋連盟が誇る特産品である。
会場がざわめく。
国民の多くは見たことすらない。
王ですら初めて見る品があった。
「これはどう食べるのだ?」
王が尋ねた。
すると。
後方から教師たちが現れた。
アルカディア連邦料理教師団。
教導スキル保持者たちである。
彼らは笑顔だった。
「お任せください。」
教導スキル。
ケルナインの教育思想から生まれた能力。
知識を伝える。
技術を伝える。
経験を伝える。
人を育てる力。
それは戦闘だけではない。
料理も同じだった。
広場に巨大調理場が設置される。
数万人規模の実演会。
魚を捌く。
海老を蒸す。
貝を焼く。
出汁を取る。
保存方法を教える。
調味料の使い方を教える。
教師たちは手際よく進めていく。
セレンスキー王国の教師たちも集まった。
最初は見学だった。
しかし。
教導スキルが発動する。
理解が加速する。
知識が繋がる。
経験が定着する。
教師たちの目が変わった。
「分かった!」
「そういうことか!」
「なるほど!」
驚きの声が上がる。
数時間後には彼ら自身が調理を始めていた。
王国教師が王国教師を教える。
さらに学んだ者が次の者へ伝える。
教育の連鎖。
それが始まっていた。
夕方。
ついに試食会が始まる。
巨大広場。
数百万人。
そこへ料理が配られる。
マグロ丼。
焼き魚。
海老料理。
魚介鍋。
海鮮スープ。
貝焼き。
香草蒸し。
国民は口へ運ぶ。
そして。
静寂。
次の瞬間。
歓声が爆発した。
「美味い!」
「何だこれは!」
「魚ってこんな味だったのか!」
「信じられない!」
子供たちが笑う。
老人が泣く。
商人が計算を始める。
料理人が震える。
教師たちは興奮していた。
教導スキルが仕事をしている。
知識が伝わる。
技術が増える。
国全体の料理水準が上がる。
それを誰もが理解していた。
王も魚を食べた。
目を閉じる。
ゆっくり味わう。
そして笑った。
「これは素晴らしい。」
「海は偉大だな。」
オルカも笑う。
「我々もそう思う。」
その夜。
王城会議。
セレンスキー王。
セリナ。
海洋連盟幹部。
王国重臣。
全員が集まっていた。
議題は一つ。
海洋物流網。
セリナは地図を広げる。
世界地図。
巨大な航路。
交易路。
物流拠点。
港湾都市。
全てが描かれている。
「提案があります。」
静かに語る。
「セレンスキー王国を海洋物流網へ正式に接続します。」
会議室が静まる。
セリナは続けた。
「港を造りましょう。」
「世界最大規模の港です。」
重臣たちが驚く。
王も目を見開いた。
しかし。
否定する者はいなかった。
今の光景を見た後では。
誰もが理解していた。
港は未来だ。
物流は未来だ。
教育は未来だ。
交易は未来だ。
王は即答した。
「やろう。」
その一言で決まった。
翌日から工事が始まる。
アルカディア連邦建築師団。
海洋連盟技術団。
セレンスキー王国職人団。
総勢数億人規模。
土属性魔法。
水属性魔法。
金属属性魔法。
空間属性魔法。
あらゆる技術が投入された。
海岸線が変わる。
巨大防波堤。
巨大倉庫。
巨大市場。
巨大造船区画。
巨大教育施設。
巨大物流拠点。
全てが同時建設される。
数か月後。
完成した。
世界最大港。
誰もが言葉を失った。
巨大都市そのものだった。
船が何万隻も停泊できる。
貨物が無限に近い量を扱える。
教育施設がある。
市場がある。
居住区がある。
交易所がある。
港が都市になっていた。
完成式典の日。
王は高台から港を見下ろした。
無数の船。
無数の人。
無数の笑顔。
かつて。
この国も貧しかった。
病に苦しんだ。
飢えに苦しんだ。
外敵に苦しんだ。
しかし今。
海が未来を運んできた。
教育が未来を運んできた。
人材が未来を運んできた。
セリナは静かに港を見つめる。
その視線の先。
ゴーレムフェリーが入港する。
魚介類。
農産物。
織物。
薬品。
知識。
教師。
技術。
様々なものが流れ込んでくる。
流れは止まらない。
それこそが豊かさだった。
セレンスキー王は笑顔で宣言した。
「この港は世界へ繋がる門だ。」
歓声が上がる。
民衆は熱狂した。
海洋連盟の使節団も笑っていた。
彼らは理解していた。
ここからさらに世界が変わる。
一つの港ができたのではない。
一つの文明が繋がったのだ。
そして海洋物流網はさらに拡大を始める。
世界を結ぶ巨大な流れは。
誰にも止められない規模へ成長していた。




