214話 海洋物流網
海は豊かだった。
そして海は危険だった。
その事実を最も理解していたのは、戦場を知る男だった。
ロバートである。
海洋都市アクアマリナ。
巨大港湾区画。
そこでは新たなゴーレムフェリーが次々と建造されていた。
全長数キロ。
数十万人を輸送できる巨大輸送艦。
既に数百隻が完成し、さらに建造が続いている。
海底都市ネプトリアへの移住。
海洋連盟との物流。
同盟国との交易。
世界規模の海洋網。
その全てを支えるためだった。
港を見下ろす展望台でロバートは腕を組んでいた。
隣にはガイル。
巨大な戦槌を担いだドワーフ戦士であり、今や世界最高峰の構造技術者でもある。
「どうした。」
ガイルが聞く。
ロバートは海を見つめたまま答えた。
「船は立派だ。」
「そうだな。」
「問題は海だ。」
ガイルは眉を上げた。
「海洋魔物か。」
ロバートは頷く。
アルカディア連邦は強い。
海洋連盟も強い。
兵士二億。
魔法覚醒者十九億。
十一属性以上の覚醒者十九億。
戦力だけなら世界最強だった。
しかし。
海は別だった。
海底には未知が多い。
巨大生物。
深海魔魚。
海蛇。
海竜。
魔力を蓄積した古代種。
海洋連盟ですら警戒する存在がいる。
今後物流網が拡大すれば。
大型フェリーは世界中を航行する。
必ず遭遇する。
ロバートは戦場の勘で理解していた。
敵を知らない者は死ぬ。
だから考える。
海洋魔物と戦う方法を。
「雷だ。」
ロバートが呟く。
ガイルは頷いた。
「確かに。」
水中戦。
最も有効なのは雷魔法。
これは海洋連盟でも知られていた。
水は電撃を伝える。
一発で広範囲へ広がる。
巨大な海洋魔物にも効果が高い。
問題は味方だった。
敵に撃った雷が船へ流れる。
乗客へ流れる。
物流船団へ流れる。
それでは意味がない。
ロバートは地図を広げた。
海路。
航路。
防衛配置。
全てが描かれている。
そして。
一つの答えへ辿り着いた。
「ガイル。」
「なんだ。」
「フェリー全部。」
「アダマンタイトで包め。」
ガイルは数秒黙った。
そして。
ニヤリと笑った。
「面白ぇ。」
アダマンタイト。
世界最高峰の魔法金属。
極めて硬い。
腐食しない。
魔力を通す。
しかし。
不思議な特性がある。
電気を通さない。
それはドワーフたちが研究で発見した性質だった。
魔法は通る。
雷属性魔法も発動できる。
しかし電流は内部へ流れない。
つまり。
巨大フェリー全体をアダマンタイトで覆えば。
船は巨大な絶縁体になる。
海中へ雷を放つ。
船は無傷。
乗客も無傷。
敵だけが感電する。
ロバートは笑った。
「戦える。」
ガイルも笑った。
「作れる。」
答えは出た。
翌日。
造船工廠。
ベルン。
ガイル。
ドワーフ職人団。
ヒューマン鍛冶師。
エルフ精密加工班。
総勢数百万。
彼らが動き始めた。
アダマンタイト鉱脈は既に大量に確保されている。
海底鉱山。
深海鉱脈。
アルカディア連邦の採掘能力は桁違いだった。
巨大な精製炉が動く。
火属性魔法。
光属性精製。
金属属性魔法。
全てが同時稼働する。
巨大な銀白色の金属板が次々と完成した。
ベルンが吠える。
「精度〇・〇〇一以下!」
「誤差許すな!」
職人たちが応える。
「了解!」
巨大工場が唸る。
数日後。
第一号艦完成。
全身アダマンタイト装甲。
海上都市級ゴーレムフェリー。
ロバートは試験を行った。
沖合。
無人区域。
雷属性部隊一万人。
全員が上級雷魔法を放つ。
轟音。
青白い光。
巨大な雷が海へ落ちる。
海面が発光した。
魚が浮く。
水柱が上がる。
しかし。
フェリーは無傷だった。
内部の人員も無傷。
計測結果。
完璧。
ガイルが笑う。
「成功だ。」
ロバートも頷いた。
「これで安心だ。」
安全保障。
それは戦争だけではない。
物流も同じ。
移住も同じ。
交易も同じ。
安全だから人は動く。
安全だから発展する。
そして。
発展は想像以上だった。
海洋物流網。
それが本格稼働したのである。
ネプトリア。
アクアマリナ。
アルカディア本土。
サンナ・マリン王国。
セレンスキー王国。
各地を結ぶ巨大航路。
一日当たり数万隻。
物流量は急増した。
魚介類。
農作物。
紡績品。
薬品。
鉄。
アダマンタイト。
建材。
書籍。
教育教材。
魔道具。
ありとあらゆる物が動く。
トミーは報告書を見て絶句した。
「何だこれ。」
部下が答える。
「物流量です。」
「増え過ぎだろ。」
「三十八倍です。」
「三十八倍?」
「はい。」
トミーは笑った。
商人として理解していた。
物流とは血液だ。
国家が身体なら。
物流は血流。
流れが増えれば身体は強くなる。
止まれば死ぬ。
今。
世界最大の物流網が完成しつつあった。
セリナも数字を確認する。
「予想を超えましたね。」
「超えたな。」
トミーは苦笑する。
「魚介類の流通だけで国家予算が吹き飛んだ。」
「良い意味で。」
「もちろんだ。」
二人は笑った。
ネプトリア産深海マグロ。
黄金エビ。
深海カニ。
発光貝。
魔魚。
どれも人気だった。
逆に。
アルカディア連邦からは。
小麦。
果物。
酒。
味噌。
醤油。
魚醤。
織物。
薬。
教育技術。
大量に輸出される。
互いに得をする。
それが交易だった。
奪う必要はない。
殺す必要もない。
互いに利益があるなら争う理由は減る。
セリナは海を見つめた。
遥か彼方。
巨大なゴーレムフェリーが進んでいる。
その数は数千隻。
まるで海上都市群だった。
かつて。
アルナ村は貧しかった。
病があった。
飢えがあった。
盗賊がいた。
奴隷商がいた。
未来など見えなかった。
それが今。
海底都市が存在する。
世界最大の物流網が存在する。
二十億人が教育を受けている。
誰もが学び。
誰もが教える。
環境が人を育てた。
そして。
育った人々がさらに環境を作る。
その循環はもう止まらない。
水平線の向こうへ。
巨大フェリーは進み続ける。
新たな国へ。
新たな友へ。
新たな未来へ。
海洋物流網は今この瞬間も拡大を続けていた。
そして誰も知らなかった。
この物流網が後に世界そのものの姿を変えることになるのを。




