23話 獣人移住
春の陽射しが村を照らしていた。
かつて盗賊に怯え、飢えに苦しみ、病に倒れる者が絶えなかった貧困村。
今ではその姿が少しずつ変わり始めている。
畑は広がった。
井戸は増えた。
治療院には薬草が備蓄されている。
子供たちは文字を学び始めている。
訓練場では村人たちが魔法や戦闘技術を学んでいる。
環境が人を育てる。
ケルナインが最初から言い続けていた言葉だった。
そしてその噂は。
少しずつ外へ広がっていた。
◇
「また増えてるわね」
見張り台の上。
セリナが村を見下ろした。
新しく建てられた家。
開墾された畑。
荷物を運ぶ村人。
以前とは比べ物にならない。
隣ではトミーが倉庫の帳簿を抱えていた。
「そりゃ増えるさ」
「飯が食えて寝床があって病気も治せる」
「そんな場所は珍しい」
狐耳を揺らしながら笑う。
「噂が広がってる」
「今じゃ近隣じゃ有名だぜ」
セリナも否定しなかった。
流民。
難民。
農民。
職人。
最近は毎週のように人が来る。
そして。
今日も来た。
◇
上空。
鳥人族のミシェルが翼を広げて飛んでいた。
風を切る。
索敵。
まだ未熟。
まだ駆け出し。
それでも誰より広い範囲を見渡せる。
それが彼女の強みだった。
遠方。
街道。
人影。
いや。
集団。
ミシェルの瞳が細くなる。
三十人前後。
武装あり。
子供あり。
老人あり。
獣人。
敵意はない。
急降下。
村へ戻る。
「移住希望者です!」
「獣人が三十人ほど!」
村がざわつく。
エミリーが立ち上がった。
狼獣人の耳がぴくりと動く。
「獣人……」
自然と前へ出る。
昔の自分を思い出した。
居場所を失った日々。
飢え。
恐怖。
絶望。
だからこそ分かる。
来る者たちの気持ちが。
◇
一時間後。
獣人たちが到着した。
痩せている。
疲れている。
子供もいる。
老人もいる。
女性もいる。
長い逃亡生活だったのだろう。
それでも。
先頭の二人だけは違った。
一人は狼獣人。
銀髪。
青い瞳。
長身。
腰に長剣。
戦士だった。
美しい。
だが美しさより先に強さが目に入る。
もう一人。
虎獣人。
黄金色の瞳。
褐色の肌。
背中には巨大な大剣。
こちらも女性だった。
戦場を生き抜いた戦士。
そんな雰囲気がある。
エミリーは見た瞬間に理解した。
強い。
本当に強い。
そして。
負けてきた。
その匂いがした。
狼獣人が前へ出る。
「私はリーヴ」
静かな声。
疲れている。
だが芯は折れていない。
虎獣人も名乗った。
「ティグリスだ」
短い。
だが堂々としている。
エミリーはしばらく二人を見た。
そして言った。
「逃げてきたのね」
リーヴが驚く。
「分かるの?」
エミリーは苦笑した。
「昔の私と同じ顔してる」
その言葉で。
リーヴの表情が揺れた。
◇
村へ案内される途中。
事情を聞くことになった。
セリナ。
ロバート。
ケルナイン。
そしてエミリー。
リーヴは静かに話し始めた。
「私たちの集落は北にありました」
「獣人だけの小さな集落です」
平和だった。
決して豊かではない。
それでも生きていた。
だが。
奴隷商が来た。
それも一度ではない。
何度も。
何度も。
若い女を攫う。
子供を攫う。
反抗する者を殺す。
そして最後。
集落そのものが襲撃された。
ティグリスが拳を握る。
爪が掌に食い込む。
「戦った」
「全員でな」
声に悔しさが滲む。
「だが負けた」
沈黙。
「仲間を守れなかった」
「連れていかれた」
「助けられなかった」
誰も何も言わなかった。
エミリーだけが静かに頷く。
「私も同じだった」
ティグリスが顔を上げる。
「……何?」
「昔の私は弱かった」
「村も弱かった」
「盗賊が来れば怯えてた」
「守れなかった」
ティグリスは黙る。
エミリーは続ける。
「だから分かる」
「アンタたちの気持ち」
リーヴの目から涙が落ちた。
気づかないうちに。
限界だった。
ずっと。
ずっと。
強くあろうとしていた。
◇
ケルナインは静かに鑑定していた。
能力。
適性。
資質。
そして。
予想通りだった。
リーヴ。
風属性適性。
索敵適性。
指導適性。
高い。
ティグリス。
土属性適性。
身体強化適性。
筋肉強化適性。
非常に高い。
眠った才能。
教育がなかっただけ。
この村にはそういう人材ばかり集まる。
ケルナインは言った。
「受け入れる」
獣人たちが息を呑む。
「条件は三つ」
全員が緊張する。
「働くこと」
「学ぶこと」
「村を守ること」
それだけだった。
リーヴは呆然とする。
ティグリスも同じだった。
もっと厳しい条件を覚悟していた。
奴隷契約。
財産没収。
強制労働。
だが違った。
ケルナインは静かに言う。
「人材こそ国家だ」
「働く意思があるなら歓迎する」
その瞬間。
後ろにいた子供が泣いた。
「ご飯……食べられるの……?」
エルナが駆け寄る。
優しく抱きしめた。
「食べられるよ」
少女は泣き崩れた。
他の獣人たちも涙を流す。
長かった。
本当に長かった。
◇
病人たちは治療院へ。
マイケルが対応する。
光属性魔法。
ヒール。
傷が癒える。
熱が下がる。
子供たちの顔色が良くなる。
獣人たちは驚愕した。
「本当に治った……」
「無料なのか……?」
マイケルは笑う。
「ここでは普通です」
彼も昔は救われる側だった。
今は違う。
救う側になっていた。
◇
夜。
歓迎会が開かれた。
大鍋のスープ。
焼いた肉。
野菜。
焼きたてのパン。
豪華ではない。
だが十分だった。
リーヴは涙を流した。
「温かい……」
エミリーが隣に座る。
「美味しい?」
リーヴは頷く。
「美味しい」
「こんな食事、久しぶり」
ティグリスは黙々と食べていた。
一杯。
二杯。
三杯。
四杯。
五杯。
ガイルが豪快に笑う。
「気に入った!」
「その食いっぷりは好きだ!」
初めて。
ティグリスが少し笑った。
◇
食堂の光景を見ながら。
ロバートは考えていた。
戦士が増えた。
農民が増えた。
職人もいる。
子供もいる。
未来が増えた。
セリナも同じ結論だった。
村は大きくなる。
もっと大きく。
もっと強く。
戦力ではない。
人材で。
◇
食事が終わる頃。
リーヴが呟いた。
「ここなら」
「強くなれるのかな」
エミリーは即答した。
「なれる」
迷いはない。
昔。
自分も言われた。
救われた。
だから今度は。
自分が言う番だった。
「この村はね」
「強い奴が偉いんじゃない」
リーヴが顔を上げる。
エミリーは笑った。
「頑張る奴が育つ場所なの」
かつて救われた狼獣人は。
今度は誰かを迎える側になっていた。
環境が人を育てる。
その言葉を証明するように。
新たな三十人の獣人たちが。
村の未来へ加わろうとしていた。




