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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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211話 百年の研究者が見た未来

海は青かった。


空も青かった。


その青の境界に広がる巨大都市。


海洋都市アクアマリナ。


海洋連盟最大の都市であり、今やアルカディア連邦との共同発展の象徴となった場所だった。


港には数千隻の船が並ぶ。


漁船。


輸送船。


研究船。


魔道具船。


その全てが秩序正しく運用されている。


街路には海洋連盟の海人族とアルカディア連邦の民が自然に行き交っていた。


そんな光景を見ながら、一人の女性が小さく息を吐く。


銀色の長い髪。


年齢不詳。


絶世の美貌。


百年以上を研究者として生きてきた魔女。


アリアだった。


その隣には白金色の髪を揺らす美女が立っている。


エレノア・グランディア侯爵。


かつて老侯爵と呼ばれていた女性。


今では若返った四十代前半の肉体を持ち、長命種のエルフに近い生命力を得ていた。


二人は港を見下ろしていた。


「驚いたわね」


最初に口を開いたのはアリアだった。


エレノアも静かに頷く。


「ええ」


「私もです」


「まさかここまでとは思いませんでした」


二人は長い人生を生きてきた。


多くの国家を見てきた。


栄華を誇った帝国。


滅びた王国。


戦乱。


飢餓。


病。


奴隷。


権力争い。


人類の歴史など何度も見てきた。


だからこそ分かる。


今目の前にあるものは異常だった。


良い意味で。


常識の外側にある。


ルミナが微笑む。


「こちらが中央港です」


「一日あたりの貨物取扱量は昔の二十倍以上ですね」


エレノアが目を丸くした。


「二十倍ですか」


「はい」


「しかも事故率は激減しています」


アリアが興味深そうに周囲を見渡す。


労働者たちは忙しく動いている。


だが慌ただしさはない。


怒鳴り声もない。


混乱もない。


誰もが自分の仕事を理解している。


教育されている。


それが分かった。


「なるほど」


アリアは呟いた。


「教育ね」


「結局そこに行き着くのか」


ルミナが笑う。


「そうです」


「アルカディア連邦の人たちは皆そう言います」


「人材こそ国家だと」


アリアは苦笑した。


百年以上研究してきた。


古代魔法。


失われた文明。


禁術。


長命種。


様々なものを追い求めた。


しかし。


目の前の光景はそれら全てを超えていた。


誰もが学ぶ。


誰もが教える。


その積み重ねが都市を変える。


単純だ。


だが強い。


エレノアが静かに言った。


「私が若い頃」


「奴隷制度反対を訴えていました」


「ですが誰も聞いてくれませんでした」


「民は愚かだと言われました」


「教育しても無駄だと言われました」


その声に少しだけ苦みが混じる。


若い頃の記憶だった。


理想を笑われた日々。


権力者たちの嘲笑。


孤独。


しかし。


今目の前には違う世界がある。


ルミナは優しく答えた。


「その時代があったから今があります」


エレノアは少し驚いたようにルミナを見る。


ルミナは真っ直ぐだった。


「誰かが言い続けなければ」


「今の世界はありませんでした」


エレノアは微笑んだ。


その表情はどこか晴れやかだった。


翌日。


二人は海底都市ネプトリアへ向かった。


海中呼吸魔道具。


防圧結界。


転移装置。


様々な技術が組み合わされている。


海底へ降下していく。


深く。


さらに深く。


やがて巨大な光が見えた。


海底都市ネプトリア。


それを見た瞬間。


エレノアは言葉を失った。


「……美しい」


巨大な透明ドーム。


発光水晶。


魔力灯。


その光が海中を照らしている。


魚群が都市の周囲を泳ぐ。


巨大な海藻林。


深海花。


幻想的な景色だった。


アリアですら目を細める。


「百年以上生きているけれど」


「これは初めて見るわ」


本心だった。


古代遺跡も見た。


竜の巣も見た。


神殿も見た。


それでも。


この都市は別格だった。


理由は簡単だ。


これは遺跡ではない。


今を生きる人々が作った都市だからだ。


ルミナが案内する。


「まず農業区画へ向かいましょう」


「農業?」


エレノアが不思議そうな顔をする。


「海底でですか?」


「はい」


その言葉にアリアも興味を示した。


農業。


文明の基礎。


どれほど発展しても食料は必要だ。


だからこそ重要だった。


やがて巨大な区画へ到着する。


そして。


二人は固まった。


広大な畑だった。


海底に。


畑が広がっていた。


葉物野菜。


根菜。


果樹。


薬草。


花。


全てが育っている。


しかも状態が良い。


異常なほど良い。


エレノアは即座に鑑定魔法を使う。


結果を見た瞬間。


目を見開いた。


「収穫率……」


「地上より高い?」


ルミナが頷く。


「はい」


「平均で三割ほど高いですね」


アリアが笑った。


「三割?」


「それはもう革命じゃない」


本当にそうだった。


農業において三割は異常だ。


国家が変わる。


歴史が変わる。


それほどの数字だった。


エレノアは畑の土を触る。


柔らかい。


栄養も豊富。


水分量も理想的。


病害虫も少ない。


なぜなのか。


すぐに答えが見えた。


環境制御。


光量制御。


温度制御。


湿度制御。


全て管理されている。


自然に左右されない。


干ばつもない。


豪雨もない。


寒波もない。


台風もない。


農業にとって理想郷だった。


アリアは笑いながら言う。


「地上の農家が泣くわね」


ルミナも笑った。


「競争ではありません」


「両方必要です」


その答えが実にアルカディア連邦らしかった。


独占しない。


共有する。


育てる。


エレノアは遠くを見る。


そこで働く人々がいた。


若者。


老人。


海人族。


ヒューマン。


エルフ。


獣人。


種族は様々だった。


誰もが働いている。


誰もが学んでいる。


誰もが教えている。


その光景を見て。


エレノアは思う。


これが環境なのだと。


人は環境に育てられる。


教育も。


制度も。


文化も。


全て環境だ。


良い環境は良い人材を育てる。


それを証明しているのが目の前の都市だった。


その後も視察は続いた。


研究区画。


鉱山区画。


精製区画。


教育区画。


どこも同じだった。


人材が育っている。


だから発展する。


単純で。


強い。


夕方。


二人は海底都市を見下ろす展望塔に立っていた。


眼下にはネプトリア。


遠くには海底農場。


研究施設。


学校。


住宅街。


全てが輝いている。


アリアが静かに言う。


「百年研究してきたけど」


「ようやく分かった気がする」


エレノアが振り向く。


「何がですか?」


アリアは笑った。


「世界を変える方法よ」


「強い魔法じゃない」


「古代文明でもない」


「神の奇跡でもない」


少し間を置く。


そして。


彼女は都市を見下ろした。


「教育ね」


エレノアは頷く。


完全に同意だった。


この都市は証明している。


才能があったから発展したのではない。


教育があったから発展した。


環境があったから育った。


かつて貧困村だった場所から始まった流れは。


今や海底都市を生み出している。


二人はしばらく無言で都市を見続けた。


海底都市ネプトリア。


海洋都市アクアマリナ。


その光は。


人類の未来そのもののように輝いていた。







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