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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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208話 海の旨味

海洋連盟との交流は順調だった。


教育。


交易。


研究。


食文化。


その全てが想像以上の速度で発展している。


かつて盗賊に怯えていた貧困村から始まった思想は、今や大陸だけではない。


海を越え。


種族を越え。


文化を越え。


新しい文明圏を作り始めていた。


海洋都市アクアマリナ。


巨大な海上都市の中央広場では、この日も祭りのような賑わいが続いていた。


クラーケン討伐によって得られた莫大な食材。


深海研究。


新薬開発。


魚料理研究。


それらが同時進行している。


そして。


その中心にいたのは二人のドワーフだった。


酒造職人バルド。


醸造職人グラン。


長年アルカディア連邦の食文化を支えてきた職人である。


海洋連盟の代表たち。


オルカ。


ルミナ。


ガルシャ。


さらに海洋連盟の有力者たちが招待されていた。


巨大な宴会場。


長い木製テーブルが並ぶ。


海上都市特有の潮風が吹き抜ける。


その中央でバルドが樽を叩いた。


「今日は酒を持ってきたぞ!」


歓声が上がる。


巨大な酒樽。


果実酒。


麦酒。


蒸留酒。


薬酒。


香草酒。


アルカディア連邦が長年蓄積してきた醸造技術の結晶だった。


ルミナが目を輝かせる。


「こんなに種類があるの?」


「まだ半分だ」


バルドが豪快に笑った。


周囲がどよめく。


オルカも驚いていた。


海洋連盟にも酒はある。


だが種類は少ない。


魚。


海藻。


貝類。


海産資源に特化しているため、陸の農産物を利用した酒文化は発展していなかった。


最初に配られたのは麦酒だった。


黄金色。


細かな泡。


香ばしい香り。


海洋連盟の者たちは慎重に口へ運ぶ。


そして。


目を見開いた。


「美味い」


「飲みやすい」


「香りが凄い」


「苦味と甘味が調和している」


広場が一気に騒がしくなる。


続いて果実酒。


さらに蒸留酒。


薬草酒。


会場は完全に宴会状態だった。


ガルシャが笑う。


「これは商売になるぞ」


「間違いなくなる」


マーガレットが即答した。


彼女は既に商人としての計算を始めている。


どの酒が売れるか。


どの地域に向くか。


どの物流経路を使うか。


頭の中では既に数字が動いていた。


その頃。


別の場所ではグランが黙々と作業していた。


巨大な発酵施設。


クラーケン。


大型魚。


深海魚。


その内臓が並べられている。


周囲には薬師リーン。


発酵研究者。


料理教師たち。


多くの専門家が集まっていた。


グランは魚の内臓を見ながら呟く。


「勿体ねぇ」


誰も反論しない。


アルカディアの職人たちは知っている。


グランが勿体ないと言った時。


何かが生まれる。


グランは魚の内臓を塩と混ぜる。


発酵を調整する。


温度を管理する。


熟成を進める。


さらに魔法で発酵状態を観察する。


数週間。


数か月。


研究は続いた。


そして。


ある日。


完成した。


琥珀色の液体。


濃厚な香り。


魚由来の強烈な旨味。


リーンが舐める。


次の瞬間。


目を見開いた。


「凄い……」


「旨味が深い」


料理教師も驚く。


「これは醤油とは違う」


「けれど醤油に近い」


「魚の旨味が凝縮されている」


グランが頷いた。


「魚醤だ」


アルカディア連邦には既に味噌も醤油も存在する。


大豆由来の発酵文化は成熟していた。


しかしこれは違う。


海の発酵文化だった。


魚。


内臓。


塩。


発酵。


海洋連盟だからこそ成立する調味料。


魚料理に合わせる。


焼き魚。


蒸し魚。


刺身。


魚鍋。


全てに合った。


特にクラーケン料理との相性は抜群だった。


試食会が開催される。


魚醤をかけた焼き魚。


魚醤を加えた鍋。


魚醤で味付けした焼き麺。


会場は再び騒然となった。


「美味い!」


「これは新しい!」


「魚がさらに美味くなる!」


「酒にも合う!」


オルカが感心する。


「海を知る者でも思いつかなかった」


ルミナも頷いた。


「魚を獲るだけだった」


「利用しきれていなかったのね」


リーンは笑顔だった。


「環境が変わると人も変わります」


「学ぶ人が増えると発見も増えるんです」


それこそがアルカディアの思想だった。


才能ではない。


環境。


教育。


挑戦。


それが人を育てる。


後日。


グランは魚醤の製法を海洋連盟へ無償提供した。


周囲は驚いた。


商売にできる。


独占もできる。


利益も出る。


しかしグランは笑った。


「文化は広げるもんだ」


「美味いもんは皆で食った方がいい」


オルカは深く頭を下げた。


「感謝する」


「必ず受け継ぐ」


海洋連盟の職人たちは真剣だった。


魚醤研究班が設立される。


発酵研究所も設立される。


留学生たちも参加する。


また新しい職人が育つ。


また新しい教師が育つ。


また新しい技術が生まれる。


数日後。


海洋連盟から正式な返礼が届いた。


巨大な会議室。


オルカ。


ルミナ。


ガルシャ。


マーガレット。


セリナ。


エミリー。


多くの代表者が集まる。


オルカが口を開いた。


「礼をしたい」


巨大な地図が広げられる。


深海地図だった。


未開拓領域。


深海峡谷。


海底山脈。


深海資源地帯。


そこには大量の印が記されていた。


深海鉱石。


深海魔石。


高純度結晶。


海底薬草。


特殊海藻。


深海生物資源。


どれも希少価値が高い。


ガルシャが説明する。


「海洋連盟だけでは使い切れない」


「採掘も研究も追いつかない」


「だから共同利用したい」


会議室が静まり返る。


それは莫大な価値だった。


深海魔石だけでも国家予算級。


深海鉱石は高級武具の素材になる。


薬草は新薬になる。


研究価値も計り知れない。


マーガレットが笑った。


「なるほど」


「本気の返礼ね」


オルカも笑う。


「友好とはそういうものだ」


セリナが頷く。


「良い提案です」


「こちらも農業技術をさらに共有できます」


話は一気に進んだ。


共同開発。


共同研究。


共同交易。


共同教育。


全てが合意される。


海洋連盟は深海資源を提供する。


アルカディア連邦は教育と農業技術を提供する。


双方が利益を得る。


誰も損をしない。


力で奪う時代ではない。


学びで増やす時代だった。


会議が終わる頃。


窓の外では夕日が海を赤く染めていた。


港では子供たちが遊んでいる。


留学生たちが笑っている。


教師たちが語り合っている。


研究者たちが議論している。


職人たちが新しい技術を試している。


環境が人を育てる。


その思想は海にも根付き始めていた。


かつて貧困村だった人々が作り上げた文明は。


今や大陸と海を結ぶ巨大な知識圏となっている。


そして。


深海資源という新たな可能性が加わったことで。


アルカディア連邦と海洋連盟の未来は、さらに大きく広がろうとしていた。







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