201話 大洋調査
アルカディア連邦に敵はいなかった。
少なくとも。
陸には。
かつて世界を脅かした奴隷国家。
侵略国家。
略奪国家。
盗賊国家。
それらは全て歴史の中へ消えていた。
二億の兵士。
十五億の民。
十四億人を超える高位魔法使い。
圧倒的な生産力。
圧倒的な教育力。
もはやアルカディアへ戦争を仕掛ける国家は存在しない。
中央議会。
ロバートが報告書を閉じた。
「陸は平和だな」
誰も否定しなかった。
エミリーも腕を組む。
「国境警備隊も暇になったわ」
実際その通りだった。
戦争はない。
侵略もない。
盗賊団もほぼ消滅。
治安維持部隊は訓練が主な仕事になっている。
平和。
それは素晴らしい。
だが同時に。
新しい課題も生まれる。
セリナが地図を広げた。
巨大な世界地図。
そこには。
巨大な空白があった。
海。
大洋。
未踏領域。
「陸は調べ尽くしました」
「なら次です」
静かな声だった。
しかし会場の全員が理解した。
次の時代が始まる。
トミーが笑う。
「海か」
「儲かりそうだな」
会場に笑いが起きる。
しかし本音でもあった。
未知の資源。
未知の生物。
未知の島。
未知の文明。
海は可能性の塊だった。
数日後。
工業都市。
巨大な建造計画が始まった。
ドワーフ。
人間。
エルフ。
魔族。
あらゆる技術者が集まる。
目的は一つ。
大洋調査。
ベルンは巨大な設計図を広げた。
「普通の船じゃ足りん」
「大洋は広すぎる」
隣にはガイルがいた。
構造理解スキルを持つドワーフ。
二人は巨大な模型を見つめる。
船ではない。
城だった。
いや。
動く都市だった。
工業部隊。
魔導具部隊。
共同開発。
アルカディア史上最大の船。
ゴーレム探索船。
全長五百メートル。
幅百五十メートル。
高さ百メートル。
巨大魔導炉搭載。
重力制御搭載。
風属性推進搭載。
自動修復機能搭載。
浮力制御搭載。
海洋観測設備搭載。
研究施設搭載。
病院搭載。
工房搭載。
農場搭載。
長期航海を想定した移動都市だった。
ベルンが言う。
「これなら何年でも航海できる」
技術者たちが歓声を上げた。
建造が始まる。
土属性魔法。
金属属性魔法。
重力魔法。
超能力。
全てが投入された。
巨大な骨格が組み上がる。
鋼鉄が空を飛ぶ。
巨大な魔導結晶が据え付けられる。
工業都市の空は。
毎日が祭りのようだった。
同時に。
港湾都市も変わり始める。
マーガレットが港を歩く。
かつての港とは別物だった。
巨大クレーン。
巨大倉庫。
魔導灯。
転移設備。
補給施設。
修理施設。
巨大ドック。
世界最大の港湾群。
それが建設されていた。
「船を作るなら港も作る」
マーガレットは笑う。
商人は知っている。
船だけでは意味がない。
受け入れる港。
補給する港。
流通する港。
全て必要だ。
だから港湾都市はさらに巨大化していく。
物流の中心として。
世界経済の中心として。
数か月後。
第二計画も始まった。
今度は小型船。
高速船。
クルーザー型。
小型ゴーレム船。
全長三十メートル。
少人数運用。
高速移動。
索敵特化。
調査特化。
各地の港へ配備される。
ミシェルが試験航行に参加した。
鳥人族の優れた視力。
索敵能力。
それらが海洋調査に向いていた。
小型船は海面を滑るように進む。
風属性推進。
重力制御。
水流制御。
まるで飛んでいるようだった。
「速いですね」
ミシェルが笑う。
隣の船員も驚いていた。
従来船の十倍以上。
信じられない速度だった。
さらに。
索敵装置。
遠隔透視。
念聴。
探索魔法。
それらを組み合わせる。
海中数百メートル。
数十キロ先。
全てを観測できる。
未知の海を調べるための目だった。
そして。
出航の日が来る。
港湾都市。
人々で埋め尽くされていた。
巨大なゴーレム探索船。
その姿は圧巻だった。
山のようだった。
動く城だった。
十五億人国家の技術力。
その結晶だった。
エミリー。
ロバート。
セリナ。
トミー。
マイケル。
主要メンバーも見送りに来ている。
船員たちが整列する。
研究者。
魔法使い。
技術者。
医師。
教師。
冒険者。
総勢一万人。
歴史上最大の調査隊だった。
ロバートが声を上げる。
「任務は調査だ!」
「征服じゃない!」
「略奪じゃない!」
「知るために行く!」
歓声が上がる。
それがアルカディアだった。
支配のためではない。
理解のため。
学ぶため。
成長するため。
だから海へ向かう。
セリナも頷く。
「環境が人を育てる」
「なら未知の環境は新しい人材を育てる」
それもまた真実だった。
平和になったから終わりではない。
平和になったから挑戦できる。
それがアルカディアだった。
巨大な汽笛が鳴る。
ゴォォォォォォォォォ。
大地が震える。
巨大魔導炉起動。
重力制御起動。
風属性推進起動。
全て正常。
船体が動く。
巨大な探索船がゆっくり港を離れる。
人々が手を振る。
子供たちも手を振る。
老人たちも涙を流していた。
かつて。
盗賊に怯えた貧困村。
病に苦しんだ村。
食べ物が無かった村。
そこから始まった物語。
今。
その子孫たちは。
大洋を調査しようとしている。
誰が想像できただろう。
エミリーは海を見つめた。
青い。
果てしなく青い。
「次は海ね」
静かな声だった。
ロバートが笑う。
「まだまだ終わらん」
トミーも笑う。
「商売の匂いしかしねぇな」
セリナも珍しく微笑む。
「未知が残っている限り」
「アルカディアは止まりません」
巨大探索船は進む。
水平線の向こうへ。
未知の世界へ。
新しい時代へ。
そして誰も知らない。
この大洋の果てに。
新たな大陸があるのか。
新たな文明があるのか。
あるいは。
世界の真実そのものが眠っているのか。
アルカディア連邦。
人口十五億。
教育国家。
人材国家。
その次の挑戦が。
今。
始まった。




