199話 人口移住開始
かつて世界はこう言った。
人は足りない。
食料は足りない。
土地は足りない。
仕事は足りない。
だから争うのだと。
だから奪うのだと。
だから戦争が終わらないのだと。
だが。
アルカディア連邦は証明していた。
問題は人口ではない。
問題は教育だった。
問題は環境だった。
問題は仕組みだった。
人口十五億人。
世界最大の国家。
それでも食料充足率は一五〇〇%を超える。
飢餓は存在しない。
病もほとんど克服された。
教育は全土へ行き渡っている。
魔法属性覚醒率は一〇〇%。
教導スキル覚醒者は一億人を超えた。
教師は十四億五千万人。
学ぶ者と教える者の差すら曖昧になっていた。
誰もが学び。
誰もが教える。
それがアルカディア連邦だった。
そんなある日。
連邦議会で新たな計画が発表された。
巨大な地図が広げられる。
セリナが説明を始めた。
「人口移住計画を開始します」
会場が静まり返る。
人口移住。
それは国家規模で人を動かす計画だった。
現在。
大学都市。
研究都市。
病院都市。
魔導具都市。
工業都市。
農業都市。
紡織都市。
鉱山都市。
商業都市。
港湾都市。
全ての都市が完成している。
だが人口分布には偏りがあった。
都市によって人口密度が異なる。
労働力が不足する地域もある。
逆に過密地域もある。
教育で解決できる。
物流でも解決できる。
しかし最も効率が良いのは。
人そのものを移動させることだった。
「移住は強制ではありません」
セリナは続ける。
「希望者のみです」
「住居提供」
「教育保証」
「就職保証」
「医療保証」
「移住費用無料」
ざわめきが起こる。
これまでの世界ではありえない。
移住とは命懸けだった。
盗賊。
奴隷商。
病。
飢餓。
移住途中で死ぬことも珍しくない。
だから人は生まれた土地に縛られた。
しかし今は違う。
転移網が存在する。
物流網が存在する。
教育網が存在する。
治安も存在する。
移住そのものが安全になっていた。
トミーが笑う。
「そりゃ希望者だらけになるな」
実際その通りだった。
募集開始から数日。
数億人単位で応募が集まる。
若者たちは夢を求めた。
職人は新しい工房を求めた。
研究者は新しい研究施設を求めた。
農民は広い農地を求めた。
冒険者は新天地を求めた。
人が動き始める。
アルカディア史上最大の人口移動だった。
最初に始まったのは農業都市への移住だった。
広大な平原。
果てしなく続く農地。
巨大水路。
巨大貯水池。
自動化された灌漑施設。
魔法農業の中心地。
数千万人単位で移住が始まる。
農業学校では教師たちが待っていた。
「ようこそ」
「今日から皆さんは農業技術者です」
農民ではない。
農業技術者。
それがアルカディアの考え方だった。
土を耕すだけではない。
土壌分析。
水質分析。
品種改良。
病害対策。
物流設計。
全て学ぶ。
教育によって農業は変わった。
環境が人を育てる。
その思想は農業都市でも変わらない。
次に工業都市。
巨大工場群。
魔導具工場。
金属加工施設。
研究設備。
訓練施設。
ベルンが新人たちを迎える。
「鍛冶は力じゃねぇ」
「理解だ」
若者たちが真剣に聞く。
金属属性。
火属性。
土属性。
光属性。
様々な魔法を組み合わせる。
生産効率は年々向上していた。
工業都市はさらに巨大化していく。
鉱山都市も同様だった。
ガイルは新人鉱夫たちを見渡した。
「怖いか?」
新人たちは頷く。
当然だった。
巨大鉱山。
地下深くまで続く坑道。
初めて見る者も多い。
ガイルは笑った。
「安心しろ」
「ここは学べる場所だ」
安全管理。
構造理解。
魔法運用。
全て教育される。
だから事故は起きない。
だから成長できる。
新人たちは次々と技術者へ変わっていった。
商業都市ではトミーが忙しく走り回る。
人口が増える。
物流量が増える。
取引量が増える。
市場も拡張される。
だが彼の顔には余裕があった。
教育を受けた人材が無数にいる。
一人で抱える必要がない。
育った人材が支える。
それこそが連邦最大の強みだった。
港湾都市も活況だった。
船が増える。
航路が増える。
貿易量が増える。
世界各地から移住者が到着する。
かつて貧困に苦しんだ者たち。
戦争から逃げてきた者たち。
奴隷商に家族を奪われた者たち。
病で故郷を失った者たち。
彼らは港に降り立つ。
そして驚く。
清潔な街。
整備された道路。
学校。
病院。
市場。
笑顔。
希望。
自分たちが知っていた世界とは違う。
エルナは移住者たちを迎えていた。
子供たちの手を取る。
「大丈夫ですよ」
「ここで学べます」
「ここで暮らせます」
泣き出す母親もいた。
信じられないのだ。
無償で住居が与えられる。
教育が受けられる。
治療が受けられる。
食べる物がある。
働く場所がある。
そんな場所が存在すること自体が。
奇跡だった。
だがアルカディアでは普通だった。
人は財産だからだ。
人材こそ国家。
その思想が全ての根幹にある。
一年後。
移住計画は大成功を収めた。
数億人単位の人口移動。
混乱はほぼない。
犯罪率も低い。
失業率も低い。
教育率は上昇。
生産力は上昇。
出生率も上昇。
国家全体がさらに成長していた。
セリナは報告書を見つめる。
数字が並ぶ。
人口。
教育率。
生産量。
食料。
医療。
全て増加している。
彼女は静かに笑った。
「やっぱりそうなるわね」
環境が整えば人は育つ。
人が育てば社会が育つ。
社会が育てば国家が育つ。
ケルナインが残した思想は。
今も生き続けていた。
もはや誰かが指示する必要もない。
人々が自ら学ぶ。
人々が自ら育つ。
人々が自ら支える。
それがアルカディア連邦だった。
夕暮れ。
港湾都市の高台。
ロバートが街を見下ろす。
無数の灯り。
無数の人々。
無数の笑顔。
その光景は壮大だった。
かつて盗賊に襲われた小さな村。
その始まりを知る者は少ない。
だが確かにそこから始まった。
教育。
環境。
人材育成。
その積み重ねが。
人口十五億人国家を生み出した。
移住は終わらない。
発展も終わらない。
人が学び続ける限り。
アルカディア連邦はさらに大きくなっていく。
未来へ向かって。
止まることなく。




