191話 上下水道整備
旧キンペイ帝国南部。
かつて圧政と貧困に苦しめられた広大な土地は、今やアルカディア連邦の新領土となっていた。
転移門が完成し、鉱山開発も始まり、住宅建設も進んでいる。
人口は十一億人。
食料充足率は一五〇〇%を超えている。
飢えはない。
盗賊もいない。
奴隷商もいない。
病も急速に減少していた。
それでも、セリナは満足していなかった。
新領都建設本部。
巨大な会議室には各分野の責任者たちが集まっていた。
エミリー。
ロバート。
トミー。
マイケル。
エルナ。
ミシェル。
ガイル。
ベルン。
そして各地の教師団代表。
会議室中央には巨大な地図が浮かんでいる。
ソートグラフィーによる立体地図だった。
セリナは静かに言った。
「住宅建設は順調です」
誰も反論しない。
既に数千万棟の住宅が建設されている。
それでもセリナは続けた。
「ですが、それだけでは不十分です」
地図が変化する。
青い線が表示された。
河川。
湖。
地下水脈。
水源だった。
「人は家だけでは生きられません」
「必要なのは水です」
会議室が静まり返る。
当然の話だった。
しかし国家規模となれば話は違う。
十一億人。
その全員が毎日飲み水を必要とする。
風呂も使う。
洗濯もする。
調理もする。
農業もある。
工業もある。
紡織産業もある。
必要な水の量は天文学的数字になる。
セリナは言った。
「上下水道を整備します」
その一言で方針は決定した。
翌日。
ミシェル率いる索敵教師団が出発した。
数百万名規模。
全員が索敵系魔法と超能力の専門家である。
「開始します」
ミシェルが言う。
直後。
無数の光が空へ飛んだ。
リモート・ビューイング。
クレヤボヤンス。
クレアオーディエンス。
探索魔法。
索敵魔法。
超能力。
それらが一斉に発動する。
数千万平方キロメートルを超える土地が調査対象だった。
普通の国家なら何十年もかかる。
しかしアルカディア連邦は違う。
教育された人材が存在する。
ミシェルの報告が次々届く。
「地下水脈確認」
「大規模湖沼確認」
「山岳水源確認」
「河川流量安定」
「浄化可能」
調査はわずか数日で終了した。
セリナは頷いた。
「建設開始」
その号令で数億人が動き出す。
土属性教師団。
水属性教師団。
光属性教師団。
建築教師団。
全てが連動する。
まず土属性部隊が前進した。
大地が震える。
地面が割れる。
巨大な溝が形成される。
導水路だった。
何千キロ。
何万キロ。
何十万キロ。
人類史上最大の土木工事が始まった。
土属性魔法。
石属性魔法。
地震属性。
重力属性。
全てが投入される。
掘削。
整地。
圧縮。
補強。
教師たちは次々と施工を進めた。
「右側三十メートル修正」
「地盤強度問題なし」
「次区画へ移動」
現場は驚くほど静かだった。
怒鳴る者がいない。
誰も怯えていない。
教育されているからだ。
理解しているからだ。
環境が人を育てた結果だった。
導水路完成後。
水属性教師団が動く。
巨大な貯水施設。
巨大な浄水施設。
巨大な配水施設。
次々と建設されていく。
水属性魔法が流路を形成する。
氷属性魔法が構造体を補強する。
蒸気魔法が圧力設備を構築する。
熱湯魔法が殺菌設備として利用される。
さらに光属性教師団が加わる。
ピュリフィケーション。
浄化。
精製。
光が走る。
濁った水が透き通る。
病原菌が消える。
有害物質が消える。
安全な水だけが残る。
各地で歓声が上がった。
「すごい……」
「水が綺麗だ」
「透明だ」
「臭いがしない」
子供たちが目を輝かせる。
老人たちは涙を流していた。
彼らは知っている。
貧困を。
病を。
水不足を。
井戸の奪い合いを。
泥水を飲んだ日々を。
だからこそ理解できた。
この光景の価値を。
エルナは現地を視察していた。
子供たちが蛇口から流れる水で遊んでいる。
笑顔だった。
泣いている子はいない。
病人もいない。
エルナは小さく呟いた。
「本当に変わりましたね」
隣にいたマイケルが頷く。
「そうですね」
彼も昔を知っている。
弱かった。
何もできなかった。
泣いてばかりいた。
だが今は違う。
教師だった。
治癒師だった。
そして次世代を育てる存在だった。
マイケルは医療統計を確認する。
数字が表示される。
感染症。
腸疾患。
寄生虫。
皮膚病。
全てが減少している。
急激な速度で。
「病気そのものが消えていきます」
その報告は瞬く間に広がった。
上下水道。
それは単なる設備ではなかった。
人を守る仕組みだった。
未来を守る仕組みだった。
そして環境そのものだった。
セリナは完成した浄水施設を見上げた。
巨大だった。
しかし彼女が見ているのは建物ではない。
その先だった。
この設備で育つ子供たち。
この設備で学ぶ若者たち。
この設備で働く職人たち。
彼らの未来だった。
「人は環境で育つ」
セリナは静かに言った。
誰も反論しない。
アルカディア連邦そのものが証明だった。
かつて盗賊に怯えていた貧困村。
病で家族を失った村。
飢えに苦しんだ村。
そこから始まった国。
今や十一億人が暮らしている。
そしてその十一億人が教育を受けている。
教師となり。
職人となり。
農民となり。
治癒師となり。
指導者となっている。
それは奇跡ではない。
環境だった。
正しい教育だった。
そして人材だった。
新領土全域で水が流れ始める。
透明な水。
安全な水。
命を支える水。
それは新しい時代の始まりを告げる流れでもあった。




