187.6話 測量
朝。
旧キンペイ帝国南部。
空はどこまでも青かった。
見渡す限りの平原。
遠くに見える山脈。
巨大な河川。
風に揺れる草原。
人の手が入っていない大地が広がっている。
かつてキンペイ帝国が支配していた土地。
しかし圧政と戦争によって人は消えた。
村もない。
都市もない。
街道も崩れている。
残ったのは広大な自然だけだった。
その大地を前に、数万人の教師たちが立っている。
「測量開始します」
セリナの声が響いた。
直後。
数万の教師が一斉に動き出す。
誰かの命令を待つ者はいない。
自分で考え。
自分で判断し。
自分で動く。
それがアルカディア連邦の教師だった。
かつてケルナインが教えたこと。
考える力。
それが今も受け継がれている。
「第一班、北東へ」
「第二班、河川調査」
「第三班、森林調査」
「第四班、地質調査」
各班が散っていく。
転移魔法が光る。
風属性魔法で飛ぶ者もいる。
レビテーションで空を移動する者もいる。
普通の国家なら大遠征になる規模。
しかし今の連邦には関係ない。
数時間で数百キロを調査できる。
それだけの人材が育っていた。
上空。
ミシェルが飛んでいた。
巨大な翼が風を掴む。
風属性魔法。
身体強化。
索敵魔法。
全てを同時展開。
高度は二千メートル。
さらに上昇する。
眼下の大地が小さくなっていく。
「見える……」
ミシェルが呟く。
河川。
森林。
山脈。
湖。
湿地帯。
全てが視界に入る。
そこへ光属性索敵を重ねる。
魔力反応。
地下水。
生物分布。
危険地帯。
情報が流れ込む。
普通の人間なら脳が耐えられない。
しかし長年鍛え続けた教師である彼女には問題なかった。
「念写開始」
ソートグラフィー。
思考を映像にする超能力。
視界情報が巨大な地図へ変換されていく。
野営地中央。
空中に巨大な立体地図が形成された。
教師たちから歓声が上がる。
「広い……」
「まだこんな土地が残っていたのか」
「街を十個作れるぞ」
「いや百個だ」
笑いが起きる。
誰も不可能とは思わない。
アルカディア連邦は貧困村から始まった。
だから何もない土地を見ると可能性しか見えない。
トミーが地図を見ながら笑った。
「いい土地だな」
狐耳がぴくりと動く。
商人の目が輝いていた。
「河川輸送できる」
「街道作れる」
「農地も広い」
「物流の宝庫だ」
昔なら金貨数枚を数えていた男。
今は国家規模の物流を見る。
それでも本質は変わらない。
価値を見抜く。
それが彼の才能だった。
その頃。
地上では別の調査が進んでいた。
ロバート率いる測量班。
若い教師たちが同行している。
彼らは地面へ手を置く。
土属性魔法。
索敵。
探索。
複数の技術を組み合わせる。
「地下水発見」
「深度三十メートル」
「飲用可能」
報告が飛ぶ。
すぐに地図へ反映される。
別の教師が叫んだ。
「農地適正あり」
「黒土です」
周囲がざわめいた。
黒土。
最高級の農地。
農業教師たちが集まる。
土を手に取る。
砕く。
匂いを嗅ぐ。
魔力反応を確認する。
そして結論を出した。
「最高品質です」
「作物なら何でも育つ」
「収穫量も期待できます」
歓声が上がった。
アルカディア連邦では食料は余っている。
それでも農地は価値がある。
食料は国家を支える。
人を支える。
文明を支える。
その重要性を誰より理解している。
かつて飢えていたからだ。
昼頃。
測量範囲はさらに広がった。
空ではハーピーたち。
地上では獣人たち。
森ではエルフ。
地下ではドワーフ。
それぞれが得意分野を活かしている。
誰か一人の力ではない。
皆で作る国家。
皆で作る文明。
それがアルカディア連邦だった。
午後。
セリナが地図を確認する。
記録は増え続けていた。
河川。
森林。
鉱脈。
湖。
農地。
湿地。
平原。
巨大な空白だった場所が埋まっていく。
若い教師が感動したように言った。
「まるで世界を描いているみたいですね」
セリナは少しだけ微笑んだ。
「そうですね」
「私たちは地図を作っているだけではありません」
教師たちが耳を傾ける。
「未来を描いているのです」
静かな言葉だった。
しかし重みがあった。
今は何もない。
人もいない。
街もない。
ただの大地。
それでも教師たちには見えていた。
未来の学校。
未来の農村。
未来の工房。
未来の病院。
未来の都市。
未来の子供たち。
教育がある限り。
人材がいる限り。
そこには未来が生まれる。
夕日が大地を赤く染め始めた。
測量隊が次々と帰還する。
一日の成果は膨大だった。
まだ全体の一部に過ぎない。
それでも十分だった。
未開発地は広い。
想像以上に広い。
そして可能性に満ちている。
セリナは完成しつつある地図を見つめた。
何もない土地。
かつて誰も価値を見出さなかった土地。
しかし今は違う。
そこには未来がある。
教育がある。
人がいる。
環境がある。
だから人は育つ。
その当たり前の事実を証明するために。
測量はまだ続いていく。




