187話 新領土測量
北方同盟締結から数日後。
アルカディア連邦中央会議場。
巨大な円卓を囲むように、多くの教師たちが集まっていた。
かつて貧困村だったアルナ村。
盗賊に怯え、奴隷商に狙われ、病に苦しみ、冬を越せるかどうかを心配していた小さな集落。
その面影はもうない。
人口九億。
食料充足率一五〇〇%以上。
教導スキル覚醒者七億人以上。
教師七億五千万人以上。
世界最大級の教育国家。
アルカディア連邦。
そんな巨大国家の次なる課題が示されていた。
巨大な地図。
旧キンペイ帝国南部。
広大な白地。
未調査地域。
「ここです」
セリナが地図を指差した。
冷静な声が会議場に響く。
「旧キンペイ帝国南部は戦乱と圧政によって放棄されました」
「人口はほぼ消滅」
「行政機能も崩壊」
「正確な地図すら存在していません」
周囲が静かに頷く。
そこは世界最大級の空白地帯だった。
ロバートが腕を組む。
「つまり、誰の土地でもないってことだな」
「そうです」
セリナは迷いなく答えた。
「そして、まだ誰も開発していません」
その瞬間。
トミーがにやりと笑った。
「最高じゃねぇか」
周囲から小さな笑いが漏れる。
狐獣人の商人。
かつては日銭を稼ぐことしか考えられなかった男。
今では連邦全体の物流を管理する存在となっていた。
「土地は余ってる」
「食料も余ってる」
「人も余ってる」
「教師も余ってる」
トミーは指を折りながら数える。
「なら使うしかねぇ」
誰も反論しなかった。
その通りだからだ。
今の連邦に足りないものは少ない。
人材。
食料。
技術。
教育。
すべて揃っている。
だからこそ必要なのは新天地だった。
「測量隊を編成します」
セリナが宣言する。
「目的は三つ」
「地形調査」
「資源調査」
「居住適性調査」
巨大な地図に光が走る。
調査対象範囲。
あまりにも広い。
普通の国家なら数十年かかる規模だった。
しかしここはアルカディア連邦。
教師国家である。
「出発は明日」
「参加人数三万人」
ざわりと会議場が揺れた。
三万人。
それが測量隊。
普通の国家なら軍隊規模。
しかし連邦では教育調査隊に過ぎない。
翌日。
巨大転移陣が起動した。
青白い光が空を照らす。
数万人の教師たちが整然と並ぶ。
戦士。
魔法使い。
治癒師。
鍛冶師。
農業教師。
索敵教師。
土木教師。
ありとあらゆる専門家が集まっている。
ロバートが前列を見渡した。
若い教師たちが多い。
二十代。
三十代。
かつてなら人生に絶望していた世代。
食えない冒険者。
職を失った魔法使い。
追放された神官。
そんな者たちが今では国家建設の主役だ。
ロバートは少しだけ笑った。
「環境ってのはすげぇな」
隣にいたティグリスが頷く。
「昔のお前ならそんなこと言わなかっただろうな」
「違いねぇ」
ロバートは笑う。
昔の自分なら剣しか信じていなかった。
強さだけを追い求めていた。
だが今は違う。
人を育てること。
環境を作ること。
それが国家を強くする。
それを知っている。
転移陣が輝いた。
次の瞬間。
景色が変わる。
広大な平原。
果てしない大地。
誰もいない世界。
風だけが吹いている。
若い教師たちが息を呑んだ。
「広い……」
「なんだこれ……」
「見渡す限り何もない」
驚きの声が広がる。
セリナは冷静だった。
「だから測るのです」
その時。
空へ一つの影が舞い上がった。
ミシェル。
鳥人族の索敵教師。
巨大な翼が広がる。
風属性魔法。
身体強化。
レビテーション。
全てを組み合わせ、一気に高度を上げていく。
数百メートル。
数千メートル。
さらに上空へ。
地上の教師たちは空を見上げた。
やがてミシェルの周囲に光が広がる。
ソートグラフィー。
念写能力。
そして索敵魔法。
膨大な情報が収集される。
山脈。
河川。
森林。
湿地。
谷。
平原。
全てが記録されていく。
やがて空中に巨大な立体地図が浮かび上がった。
教師たちから歓声が上がる。
「すごい……」
「これが索敵教師……」
「世界が見えてる……」
ミシェルは微笑んだ。
その言葉は静かだった。
「私が特別なのではありません」
「教育があったからです」
その言葉に、多くの教師たちが頷いた。
この世界には才能があった。
足りなかったのは教育だった。
それだけの話だったのである。
そして調査隊はさらに南へ進む。
まだ誰も知らない土地へ。
未来の都市が生まれる場所へ。
新たな歴史が始まろうとしていた。




