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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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186話 ブーチン帝国の末路

旧キンペイ王国跡地の開発が本格化していた頃。


アルカディア連邦中央会議都市では、ある報告書が大きな注目を集めていた。


「ブーチン帝国調査報告」


かつて北方を脅かした大国。


周辺国家へ侵略を繰り返し、奴隷商人を保護し、盗賊や傭兵崩れを利用しながら勢力を広げてきた国家。


アルカディア連邦の成立後も敵対姿勢を崩さなかった国である。


しかし。


近年は目立った動きがない。


静かすぎるほど静かだった。


そのためセリナは調査隊を派遣していた。


巨大な会議室。


中央の魔導映像装置に大陸地図が映し出される。


セリナが報告を始めた。


「結論から申し上げます」


「ブーチン帝国は既に崩壊しています」


会議室が静まり返る。


ロバートが眉を上げた。


「戦争じゃなくか?」


「はい」


「内部崩壊です」


映像が切り替わる。


荒れ果てた街。


放棄された農地。


崩れた街道。


誰もいない工房。


雑草に埋もれた倉庫。


かつて数億人規模の人口を抱えた大帝国の姿とは思えなかった。


トミーが目を細める。


「商売の匂いがしねぇな」


「その通りです」


セリナは頷いた。


「まず農業が崩壊しています」


次の映像。


痩せた農民。


放置された灌漑設備。


壊れた農具。


食料不足。


長年続いた徴税。


強制徴発。


兵士優先。


結果として農民は土地を捨てた。


食料生産は激減した。


次の映像。


工業都市。


鍛冶場。


織物工房。


全て閉鎖。


職人も消えている。


「職人が育たなかったのです」


「教育がありません」


「技術継承もありません」


「熟練者が死ねば終わりです」


誰も反論しなかった。


アルカディア連邦では考えられない状況だった。


現在。


教師数七億五千万人。


教導スキル覚醒者七億人。


誰でも学べる。


誰でも教えられる。


だから技術が消えない。


一方。


ブーチン帝国は違った。


知識を独占した。


権力者だけが学ぶ。


庶民は従うだけ。


結果。


人材が育たなかった。


映像が再び変わる。


今度は軍だった。


兵士たち。


装備不足。


補給不足。


士気低下。


脱走。


反乱。


略奪。


ロバートが苦い顔をする。


「終わってるな」


「はい」


セリナは淡々と答えた。


「軍が国民から奪い続けた結果です」


「守る対象がいなくなりました」


国民を守らない軍。


国民を苦しめる軍。


そんな組織に忠誠は生まれない。


当然だった。


映像はさらに続く。


奴隷市場。


閉鎖。


商業都市。


閉鎖。


港湾都市。


閉鎖。


輸送路。


崩壊。


トミーが机を叩いた。


「物流だ」


「物流が死んでる」


「その通りです」


セリナは頷いた。


「商品が届きません」


「食料も届きません」


「薬も届きません」


「人も移動できません」


国家は血管を失いました。


その言葉は重かった。


アルカディア連邦は物流国家である。


農業革命。


紡織産業。


鉱山開発。


製造業。


全て物流で繋がっている。


物流が死ねば国家も死ぬ。


それを誰より理解しているのがトミーだった。


会議室の空気が重くなる。


そこでマイケルが口を開いた。


「病は?」


「流行しています」


映像が切り替わる。


放置された患者。


崩壊した治療院。


薬不足。


栄養失調。


かつてのアルナ村を思わせる光景だった。


貧困。


病。


飢餓。


絶望。


かつてケルナインが見た世界。


それが帝国全体で起きていた。


マイケルは静かに目を閉じた。


彼は忘れていない。


泣き虫だった頃を。


何も出来なかった頃を。


だから分かる。


環境が人を壊すことを。


そして。


環境が人を育てることも。


「教育は」


マイケルが尋ねる。


「ほぼ存在しません」


「教師不足です」


「そもそも教師を軽視しています」


会議室の全員がため息をついた。


原因は明白だった。


農業が壊れた。


物流が壊れた。


医療が壊れた。


工業が壊れた。


軍が壊れた。


そして教育が壊れた。


だから全てが壊れた。


セリナは最後の資料を表示した。


巨大な統計表。


そこに示されていたのは。


人口推移だった。


最盛期。


三億人。


現在。


一億二千万人。


わずか数十年で激減している。


誰かが殺した訳ではない。


自分たちで壊したのだ。


会議室に沈黙が落ちる。


その時。


エルナが小さく呟いた。


「悲しいですね」


誰も笑わなかった。


エルナは優しい。


だから敵国であっても悲しむ。


そして。


その優しさを誰も否定しなかった。


ロバートが腕を組む。


「侵攻する価値はあるか?」


「ありません」


即答だった。


セリナは続ける。


「放置で十分です」


「既に崩壊しています」


「敵ではありません」


その判断に全員が同意した。


戦う必要がない。


勝敗は既に決している。


アルカディア連邦が勝ったのではない。


ブーチン帝国が自滅したのだ。


数日後。


調査隊はさらに奥地へ向かった。


そこにはかつて帝都だった巨大都市が存在した。


数千万人が暮らした都市。


豪華な宮殿。


巨大な城壁。


無数の官庁。


現在。


静まり返っていた。


市場は空。


街道は荒廃。


広場には誰もいない。


その中心。


崩れかけた宮殿の前に老人が座っていた。


元教師だった。


彼は調査隊を見て笑った。


「遅かったな」


「何がですか」


「教育だよ」


老人は空を見上げた。


「皆知っていた」


「農民が大事だと」


「職人が大事だと」


「教師が大事だと」


「でも誰もやらなかった」


老人の声は静かだった。


「兵士ばかり増やした」


「税ばかり増やした」


「恐怖ばかり増やした」


「そして誰も育てなかった」


調査隊は何も言えない。


老人は続けた。


「お前たちの国の噂は聞いている」


「教師がいるそうだな」


「羨ましい」


その言葉は本音だった。


老人は立ち上がる。


そして荒れた街を見回した。


「人材が国家だ」


「それを理解した国が生き残る」


「理解しなかった国は滅びる」


その言葉は。


かつてケルナインが何度も語った思想そのものだった。


数週間後。


最終報告書が完成した。


ブーチン帝国。


国家機能崩壊。


経済崩壊。


物流崩壊。


農業崩壊。


教育崩壊。


軍事崩壊。


再建見込み極めて低い。


会議室で報告を聞いたトミーが静かに呟く。


「結局さ」


「人なんだな」


誰も否定しなかった。


土地ではない。


資源でもない。


軍隊でもない。


人材。


それが国家だった。


かつて盗賊に怯えた貧困村。


病に苦しんだ小さな村。


何も持たなかった村。


そこから始まったアルカディア連邦は。


今や人口九億人。


教師七億五千万人。


教導スキル覚醒者七億人。


農業革命。


紡織産業。


鉱山開発。


物流網。


教育網。


全てを築き上げた。


理由は一つ。


環境が人を育てたから。


育った人が次の人を育てたから。


その循環が止まらなかったから。


ブーチン帝国の末路は。


国家を滅ぼした記録ではない。


人を育てなかった末路だった。


そしてアルカディア連邦は、その対極に立っていた。


人材こそ国家。


その思想が、また一つ証明されたのである。







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