20話:水魔法農法
盗賊を退けた。
綿花畑は芽吹いた。
移住者も増え始めた。
村は確実に成長している。
だが、ケルナインは満足していなかった。
食料。
布。
住居。
どれも大事だ。
しかし国家になるためには、さらに必要なものがある。
安定した生産力。
つまり農業だった。
朝。
綿花畑の隣。
新しく開墾された広大な農地。
エミリー。
マイケル。
エルナ。
セリナ。
トミー。
多くの村人が集まっていた。
ケルナインは畑を見ながら言った。
「今日から水魔法農法を始める」
村人たちが顔を見合わせる。
エミリーが腕を組む。
「水魔法で畑を作るのか?」
「違う」
ケルナインは首を振った。
「水魔法で農業そのものを変える」
・・・
意味が分からない。
村人たちは首を傾げた。
するとマイケルが手を挙げた。
「先生」
「もしかして水やりですか?」
ケルナインは頷く。
「それもある」
「だが、それだけじゃない」
そう言って地面に線を描いた。
「植物は何で育つ?」
農民たちが答える。
「水」
「太陽」
「土」
「肥料」
ケルナインは満足そうに頷いた。
「正解だ」
「つまり水を支配できれば収穫を支配できる」
その言葉にセリナが目を細めた。
理解が早い。
「なるほど」
「水属性魔法を農業へ転用するのですね」
「そうだ」
・・・
ケルナインはエミリーを見る。
「エミリー」
「はい」
以前ならぶっきらぼうだった返事。
今は違う。
素直になっている。
成長していた。
「お前は最近、水属性を理解し始めた」
「はい」
「穿」
「拘束」
「捕縛」
「窒息」
「索敵」
「身体強化」
エミリーは頷く。
全て実際に使えるようになっていた。
ケルナインはさらに続ける。
「まだ足りない」
「え?」
「水属性は戦闘だけじゃない」
「農業も支配できる」
・・・
ケルナインは水球を作る。
直径一メートル。
巨大な水球。
それが空中に浮かぶ。
「まず散水」
水球が霧になる。
細かな水滴。
畑全体へ降り注ぐ。
村人たちが驚く。
「雨だ!」
「すげぇ!」
「均等だ!」
農民たちは一瞬で理解した。
普通なら半日かかる。
井戸から水を運ぶ。
桶で撒く。
重労働。
それが一瞬。
数秒で終わった。
・・・
トミーが呟く。
「人件費が消えた」
商人らしい感想だった。
セリナが苦笑する。
「そこを見るのね」
「金になるかどうかは大事だろ」
その通りだった。
・・・
ケルナインは続ける。
「次」
地面へ手を向ける。
水が土へ浸透する。
「根を探る」
エミリーが目を見開く。
「索敵?」
「そうだ」
「空気中の水だけじゃない」
「植物の中にも水はある」
「地中にもある」
その瞬間。
ケルナインの視界には畑全体が映っていた。
根。
水分量。
栄養状態。
病気。
虫。
全て。
「ここが弱っている」
一か所を指差す。
農民が掘る。
すると。
根腐れ。
本当に病気だった。
全員が驚愕した。
「見えたのか?」
「見える」
ケルナインは当然のように言う。
「水は情報だ」
・・・
エミリーは衝撃を受けていた。
自分は戦うことしか考えていなかった。
盗賊を倒す。
敵を捕まえる。
そればかり。
しかし。
同じ水魔法で。
農業が変わる。
村が豊かになる。
未来が変わる。
「・・・すごい」
思わず呟いた。
ケルナインを見る。
本当に見ている世界が違う。
・・・
マイケルも目を輝かせていた。
「先生!」
「病気も分かるなら治療できます!」
「そうだ」
「だからお前が必要だ」
マイケルの顔が赤くなる。
嬉しかった。
認められた。
昔の泣き虫少年。
何もできなかった自分。
その自分が今は必要とされている。
・・・
エルナも前へ出た。
「私も手伝います」
「病気の苗を分けて管理します」
「子供たちにも教えます」
ケルナインは頷いた。
「頼む」
エルナは嬉しそうだった。
彼女も成長している。
昔は守られるだけだった。
今は違う。
誰かを支える側になっている。
・・・
そして。
エミリーの番だった。
「エミリー」
「はい」
「水属性最大の強みは何だ?」
少し考える。
そして答えた。
「量・・・でしょうか」
「違う」
ケルナインは首を振った。
「循環だ」
エミリーが固まる。
「循環?」
「そうだ」
「人間の体は大半が水だ」
「・・・!」
理解した。
一気に。
全てが繋がった。
・・・
身体強化。
筋肉強化。
治癒。
索敵。
感知。
全て。
水が関係している。
血液。
体液。
汗。
呼吸。
生命活動。
全部だ。
「だから水属性は前衛向きでもある」
ケルナインは言う。
「アクセル」
「マッスル」
「ウォーターヒール」
「全部できる」
エミリーの呼吸が止まりそうになった。
「そんな・・・」
「私は・・・」
「拘束魔法だけだと思ってた」
ケルナインは頷く。
「教育がなかったからな」
その言葉。
世界の本質だった。
才能がなかったのではない。
知らなかっただけ。
学ぶ機会がなかっただけ。
・・・
エミリーは空を見上げる。
悔しかった。
嬉しかった。
情けなかった。
そして。
楽しかった。
世界が広がっていく。
できることが増えていく。
強くなっていく。
「もっと教えてください」
自然に言葉が出た。
以前の彼女なら絶対に言わなかった。
プライドが邪魔していた。
今は違う。
学ぶことが恥ではない。
学ばないことが損なのだ。
・・・
マイケルが笑った。
「僕も教えるよ」
エミリーが振り向く。
昔。
守っていた少年。
今。
自分へ教える立場になっている。
不思議だった。
だが嫌ではない。
むしろ嬉しかった。
「頼む」
エミリーは頭を下げた。
マイケルが驚く。
エルナが微笑む。
セリナも静かに笑った。
環境が人を育てる。
その言葉を。
誰より体現しているのは。
今のエミリーだった。
・・・
マイケルはエミリーに光属性の「ヒール」を見せた。
エミリーは効果を参考にしながら水属性で再現してみた。
「ウォーターヒール」
できた。マイケルも喜ぶ エミリーは飛び上がる勢いで喜んだ。
夕方。
畑は潤っていた。
綿花も順調。
麦も順調。
野菜も順調。
村人たちは笑顔だった。
収穫が見える。
未来が見える。
そして。
ケルナインは遠くから村を見ていた。
誰にも気づかれないように。
静かに。
農業革命。
紡織産業。
教育。
医療。
物流。
まだ始まったばかり。
だが確信していた。
この村はもう貧困村では終わらない。
人が育つ場所。
人材が集まる場所。
人材が人材を育てる場所。
それこそが。
国家の始まりだった。




