178話 教育開始
サンナ・マリン王国。
北方の極寒国家。
春は短い。
夏はさらに短い。
冬は長い。
人々は寒さと共に生きてきた。
寒さは当たり前だった。
飢えも当たり前だった。
病も当たり前だった。
だから誰も疑わなかった。
この国はこういう国なのだと。
だが。
アルカディア連邦の教師達は違った。
彼らは知っていた。
環境は変えられる。
人は育つ。
教育は未来を変える。
王都マリーナ郊外。
巨大な教育広場が建設されていた。
建築教師達が土属性魔法を用いて作った巨大施設。
数十万人が同時に学べる。
女王マリンと王配アルベルトも視察に訪れていた。
目の前には数千人の民衆。
農民。
職人。
兵士。
商人。
老人。
若者。
子供達。
様々だった。
壇上へ上がったのはマイケルだった。
治癒師。
教師。
教導スキル覚醒者。
かつて弱者だった男。
今では世界最高峰の教育者の一人。
「皆さん」
穏やかな声が響く。
「今日は魔力循環を学びます」
民衆が顔を見合わせる。
魔力。
貴族のもの。
才能ある者のもの。
そう思われていた。
マイケルは笑う。
「違います」
「皆さんにも使えます」
ざわめきが起きた。
信じられない。
そんな顔だった。
マイケルは続ける。
「才能がなかったのではありません」
「教える人がいなかっただけです」
静寂。
女王マリンが息を呑む。
その言葉は重かった。
国が何百年も与えられなかったもの。
それが教育だった。
マイケルは両手を広げる。
「まず感じてください」
「身体の中を流れるものを」
「焦らなくて大丈夫です」
「ゆっくりです」
教師達が配置につく。
数万人。
全員が教導スキル覚醒者。
一人一人へ指導を始める。
数分後。
最初の声が上がった。
「あ……」
老人だった。
「暖かい……」
教師が頷く。
「それです」
「それが魔力です」
老人の身体が震える。
魔力循環。
身体の中を魔力が巡る。
血流が改善される。
体温が上がる。
寒さへの耐性が増す。
極寒地帯で最も重要な技術。
それが魔力循環だった。
一人。
二人。
十人。
百人。
次々と成功していく。
広場が歓声に包まれる。
「寒くない!」
「本当だ!」
「手が暖かい!」
「足が冷えない!」
泣き出す老人もいた。
長年苦しんできた寒さ。
それが和らぐ。
たった数時間で。
女王マリンは信じられなかった。
「こんなことが……」
エレノアが隣で微笑む。
「教育です」
「魔法ではありません」
「教育です」
その言葉に女王は沈黙した。
魔力循環講義が終わる頃。
次の授業が始まる。
魔力操作。
教師はミシェルだった。
鳥人族。
索敵教師。
全属性運用者。
「次は動かします」
彼女は言った。
「感じた魔力を動かしてください」
民衆が挑戦する。
難しい。
簡単ではない。
それでも教師達は焦らせない。
一人ずつ。
丁寧に。
繰り返す。
数時間後。
少女の指先から小さな光が生まれた。
「できた!」
歓声が上がる。
光属性。
初覚醒だった。
その瞬間。
会場全体が沸き立つ。
続く。
火属性。
風属性。
水属性。
土属性。
闇属性。
次々と覚醒者が現れる。
教師達は慌てない。
これは珍しいことではなかった。
アルカディア連邦では日常だった。
女王マリンは震える。
「一日で……」
「こんなに……」
記録係が報告する。
「現在」
「魔法覚醒者」
「三百四十二名」
広場が騒然となった。
普通なら国家が数年かけて生み出す人数。
それが半日で誕生した。
そして。
教育は終わらない。
午後。
超能力教育が始まる。
担当はセリナの直属教師団。
超能力教育専門部隊だった。
テレパシー。
サイコキネシス。
レビテーション。
フォアサイト。
リモートビューイング。
数多くの超能力。
かつては伝説だった力。
今では教育科目だった。
教師が説明する。
「超能力も同じです」
「才能ではありません」
「訓練です」
民衆が驚く。
そんな話は聞いたことがない。
教師は笑う。
「やってみましょう」
そして。
教育が始まった。
数時間後。
最初の覚醒者が現れる。
若い女性だった。
木箱が少し浮く。
サイコキネシス。
念力。
女性が絶叫する。
「浮いた!」
歓声。
拍手。
周囲も挑戦する。
続く。
次々と覚醒する。
テレパシー。
レビテーション。
クレアオーディエンス。
リモートビューイング。
フォアサイト。
一日で数百人。
二日目には数千人。
教育速度が異常だった。
理由は単純。
環境だった。
教師がいる。
教材がある。
仲間がいる。
失敗しても笑われない。
だから伸びる。
環境が人を育てる。
その証明だった。
夕方。
教育終了後。
記録係が最終報告を行う。
魔力循環習得者。
五万三千人。
魔力操作習得者。
二万八千人。
魔法覚醒者。
千二百六十八人。
超能力覚醒者。
七百九十四人。
会場がどよめく。
女王マリンは言葉を失う。
たった一日。
それだけだった。
それだけで国の未来が変わった。
王配アルベルトが呟く。
「国が強くなるのではない」
「人が強くなっている」
エレノアが頷く。
「その通りです」
「人材こそ国家です」
夜。
王城会議室。
女王マリンは教育記録を見つめていた。
数字が並ぶ。
覚醒者。
教師候補。
農業候補。
建築候補。
治癒候補。
未来の人材達。
その数は増え続けている。
エレノアが静かに言う。
「これが始まりです」
「明日はもっと増えます」
「来月はもっと増えます」
「一年後には別の国になります」
女王マリンはゆっくり頷いた。
ようやく理解した。
アルカディア連邦は強いのではない。
育てることが上手いのだ。
だから滅びない。
だから広がる。
だから人々が集まる。
極寒の国サンナ・マリン王国。
その未来は。
教師達によって。
静かに変わり始めていた。




