177話 救援開始
北方。
サンナ・マリン王国。
長い冬に支配された国だった。
雪。
寒風。
痩せた土地。
短い農期。
人口六千万。
決して小さな国ではない。
しかし豊かでもなかった。
長年の凶作。
病。
貧困。
周辺国家との争い。
それらが積み重なり、国力は限界へ近づいていた。
王都マリーナ。
王城最上階。
女王マリン・アルベルトは窓の外を見つめていた。
銀色の髪。
気品ある美貌。
王冠を戴くこの国の統治者。
その隣には王配アルベルトが立っている。
彼は剣士出身だった。
政治の中心はマリン。
アルベルトは彼女を支える存在である。
広場には長い列が続いていた。
食料配給を待つ民衆。
痩せた老人。
病を抱える母親。
栄養失調の子供。
見慣れた光景だった。
だからこそ辛い。
女王マリンは拳を握る。
「私達は失敗したのでしょうか」
小さな声だった。
王配アルベルトは首を振る。
「違う」
「諦めなかった」
「それだけは誇れる」
だが現実は厳しい。
備蓄は減っている。
薬も足りない。
農地も疲弊している。
このままでは数年以内に国家そのものが崩壊する。
そんな時だった。
王城へ伝令が飛び込んできた。
「陛下!」
「転移反応です!」
「巨大です!」
王都全域が騒然となる。
兵士達が武器を取る。
見張り台が鐘を鳴らす。
民衆が空を見上げた。
次の瞬間。
王都郊外。
空間が裂ける。
巨大な光の門が出現した。
あまりにも巨大だった。
城壁より高い。
塔より高い。
まるで新たな太陽が現れたかのようだった。
民衆が息を呑む。
兵士達が動けなくなる。
その門から人々が現れ始めた。
一万人。
十万人。
百万人。
終わらない。
次々と現れる。
農業教師。
治癒教師。
薬師。
建築教師。
物流教師。
索敵教師。
護衛教師。
規律正しく整列していく。
誰も騒がない。
誰も慌てない。
全員が教導スキル覚醒者だった。
女王マリンは言葉を失った。
「まさか……」
アルベルトも絶句する。
「軍隊ではない……」
「教師だ……」
先頭に立つ人物がいた。
エレノア・グランディア。
白銀の髪を揺らす美しい女性。
かつて奴隷制度へ反対し続けた侯爵。
今ではアルカディア連邦最高評議会の一人。
彼女はゆっくり歩み出る。
そして頭を下げた。
「サンナ・マリン王国の皆様」
「アルカディア連邦救援団です」
静寂。
広場が止まる。
誰も声を出せない。
救援。
その言葉を信じられない。
エレノアは続けた。
「まず食事です」
「全員が食べられます」
その瞬間だった。
巨大なアイテムボックスが展開される。
山。
いや。
山脈のような食料が現れた。
穀物。
肉。
魚。
野菜。
果物。
保存食。
乳製品。
干し肉。
豆類。
民衆が震える。
誰も見たことがない量だった。
トミー率いる物流教師団が動く。
「列を作ってください!」
「慌てなくて大丈夫です!」
「全員分あります!」
声が広場へ響く。
だが誰も押し合わない。
なぜなら。
教師達が落ち着いているからだ。
その姿が民衆へ伝播していく。
環境が人を育てる。
それは逆も同じだった。
安心できる環境は人を落ち着かせる。
温かいスープが配られる。
パンが配られる。
肉が配られる。
一人の少年が震える手でパンを受け取った。
恐る恐る食べる。
そして涙を流した。
「美味しい……」
母親も泣いていた。
老人も泣いていた。
広場のあちこちで涙が溢れる。
エレノアは静かに見つめる。
飢えは人から未来を奪う。
だから最初に救うべきは胃袋だった。
食事が終わる頃。
今度は治療が始まった。
マイケル率いる治癒教師団。
五十万人。
エルナ率いる治療院部隊。
二十万人。
薬師リーン率いる薬師団。
三十万人。
合計百万人以上の医療部隊。
巨大な治療区画が設営される。
光属性魔法。
ヒーリング。
浄化。
薬学。
全てが動き出した。
病人達が次々と運ばれてくる。
肺炎。
栄養失調。
感染症。
怪我。
骨折。
長年放置された病。
マイケルは休まない。
一人ずつ治していく。
かつて泣き虫だった少年。
今では世界最高峰の治癒教師。
一人の少女の手を握る。
高熱。
重症だった。
「大丈夫」
優しく微笑む。
光が溢れる。
熱が下がる。
少女の呼吸が安定する。
母親が泣き崩れた。
「ありがとうございます……」
「ありがとうございます……」
マイケルは首を振る。
「みんなで治したんです」
それがアルカディア連邦だった。
英雄は作らない。
人材を育てる。
教育を残す。
だから強い。
だから広がる。
夕方。
エレノアは女王マリンと共に王都を歩いていた。
王配アルベルトも同行している。
貧民街。
崩れた井戸。
老朽化した建物。
荒れた農地。
空き地。
放置された倉庫。
エレノアは黙って見て回る。
女王マリンが尋ねた。
「救えますか」
エレノアは即答した。
「救えます」
迷いはなかった。
女王は驚く。
「本当に?」
「もちろんです」
エレノアは農地を見る。
「土地があります」
井戸を見る。
「水があります」
民衆を見る。
「人がいます」
そして微笑む。
「十分です」
「最も重要なものが残っています」
女王は理解できなかった。
エレノアは言う。
「人材です」
「人は育ちます」
「環境さえ整えば」
静かな言葉だった。
しかし。
その言葉には重みがあった。
彼女自身が見てきたからだ。
貧困村から始まった物語を。
盗賊に怯えていた人々を。
病に苦しんでいた人々を。
今では九億人の国家圏を築いている。
奇跡ではない。
教育だった。
夜。
王城会議室。
第一回救援会議。
索敵教師達の報告が並ぶ。
「国内治安問題あり」
「農地利用率三十二パーセント」
「井戸機能率四十一パーセント」
「病人率二十一パーセント」
「識字率二十八パーセント」
次々と報告が上がる。
深刻だった。
だが絶望ではない。
セリナの念話が会議室へ響く。
『全て想定範囲内です』
『教育で改善可能』
『農業教師三百万人追加派遣予定』
『建築教師二百万人追加派遣予定』
会議室が静まる。
女王マリンは目を見開いた。
規模が違う。
国家の感覚が違う。
アルカディア連邦は戦争ではなく教育で世界を変えている。
エレノアは窓の外を見る。
食事を終えた民衆。
笑顔の子供達。
治療を受けて安堵する老人達。
小さな変化だった。
だが確実な変化だった。
希望は一日で生まれない。
しかし。
希望は一日目から始まる。
「明日から学校を作ります」
エレノアは静かに言った。
「農地も再建します」
「井戸も直します」
「病院も増やします」
「そして教師を育てます」
女王マリンは深く頭を下げた。
王配アルベルトも頭を下げる。
二人の目には涙が浮かんでいた。
国が救われる。
そんな希望を初めて見たからだった。
北方国家サンナ・マリン王国。
長い冬の国。
その未来は今。
静かに動き始めていた。




