174話 セレンスキー王国復活
冬の終わり。
セレンスキー王国に春の気配が訪れていた。
かつて瓦礫に埋もれていた王都。
焼け落ちた家々。
崩れた城壁。
荒れ果てた街道。
その全てが姿を変えていた。
整備された道路。
新しく建てられた住宅。
巨大な穀物倉庫。
治療院。
学校。
訓練施設。
市場。
人々の笑い声が響く。
戦争の傷跡はまだ残っている。
それでも。
国は確実に復活していた。
王都中央広場。
巨大な噴水の周囲に数万人が集まっていた。
広場の商店には商品が並ぶ。
パン。
肉。
魚。
野菜。
果物。
酒。
服。
農具。
家具。
かつては夢だった光景である。
老人が呟いた。
「本当に生きててよかった……」
隣にいた孫娘が笑う。
「おじいちゃん、また泣いてる」
老人は目元を拭った。
「泣くさ」
「こんな国になるなんて思わなかった」
それが多くの民衆の本音だった。
敗戦寸前だった。
飢餓だった。
病だった。
絶望だった。
それが今。
食料は溢れている。
病人は減った。
学校は増えた。
仕事も増えた。
未来が見えている。
王宮。
執務室。
王と重臣達が報告を受けていた。
財務大臣が興奮した声で言う。
「税収が急増しております」
「農業生産は戦前の十二倍」
「紡織産業は二十倍」
「建築業は十五倍」
「物流は十八倍です」
誰もが驚いていた。
普通ならあり得ない。
国家再建には数十年かかる。
それが数年で終わろうとしている。
理由は明確だった。
教育。
それだけだった。
人を育てる。
その一点に全てを集中した。
魔法教育。
超能力教育。
農業教育。
建築教育。
衛生教育。
物流教育。
教師が教師を育てる。
育った教師がさらに教師を育てる。
連鎖が起きた。
人材が爆発的に増えた。
だから国も成長した。
セリナは統計資料を眺めていた。
「予測以上ね」
隣にいたトミーが笑う。
「予測なんて追い抜くためにあるんだろ」
狐獣人らしい軽い口調だった。
だが。
彼もまた理解していた。
国家とは人材である。
金ではない。
土地でもない。
資源でもない。
人だった。
教育された人。
考えられる人。
学べる人。
育てられる人。
その数が国家の強さになる。
その頃。
国境の向こうでは。
真逆の光景が広がっていた。
ブーチン帝国。
帝都。
死臭が漂う。
市場は閉鎖された。
商店は空。
倉庫も空。
食料が存在しない。
兵士達は痩せ細っていた。
民間人も痩せ細っていた。
餓死者は増え続ける。
一日。
二日。
三日。
数字が増えていく。
十万人。
百万人。
二百万人。
三百万人。
そして。
数百万。
兵士。
民間人。
区別なく死んでいく。
帝国政府は配給を行おうとした。
しかし食料がない。
配る物がない。
役人達も飢え始めた。
書類仕事をする力もない。
地方官も倒れる。
徴税官も倒れる。
軍需担当も倒れる。
補給担当も倒れる。
国家機能そのものが崩壊していた。
帝都南部。
暴動が発生した。
食料倉庫襲撃。
民衆数万人。
兵士数千。
衝突。
死者多数。
その情報が流れる。
別の都市でも暴動。
さらに別の都市でも暴動。
連鎖だった。
怒りが爆発していた。
「食わせろ!」
「子供が死んだ!」
「皇帝は何をしている!」
「俺達を見捨てたのか!」
叫び声が響く。
広場は炎に包まれる。
役所が焼かれる。
徴税所が襲撃される。
兵士達も戦意を失っていた。
家族が飢えている。
子供が死んでいる。
戦う理由がない。
命令だけが飛んでくる。
そんな状況だった。
帝都。
皇帝ブーチンは報告書を見ていた。
顔色は悪い。
目の下には隈。
机の上には赤字だらけの報告書。
餓死。
暴動。
離反。
反乱。
崩壊。
その文字が並ぶ。
皇帝は呟いた。
「なぜこうなった……」
誰も答えない。
答えは存在していた。
人を育てなかったから。
その一言だった。
恐怖で支配した。
略奪で維持した。
力で押さえつけた。
結果。
誰も国を守らなくなった。
誰も国を育てなくなった。
だから崩れた。
極めて単純だった。
同じ頃。
セレンスキー王国では。
春の植え付けが始まっていた。
広大な農地。
テレキネシス覚醒者達が作業する。
土属性魔法使い達が畑を整える。
水属性魔法使い達が灌漑を行う。
全てが組織化されていた。
そして。
それを指揮しているのは農民達だった。
貴族ではない。
軍人でもない。
現場の人間だった。
エミリーはその光景を見ていた。
狼耳が揺れる。
「強くなったな」
誰に言うでもなく呟く。
昔の自分なら考えられなかった。
盗賊数十人で震えていた。
食料不足に苦しんでいた。
未来が見えなかった。
今は違う。
国を守れる。
人を育てられる。
未来を作れる。
それが誇らしかった。
ロバートもまた兵士達を見ていた。
訓練場。
数万人規模。
誰も怯えていない。
誰も飢えていない。
全員が学んでいる。
全員が教えている。
元帥スキルを持つ彼には分かる。
強い軍とは。
武器ではない。
人だ。
教育された人間。
考える人間。
仲間を守る人間。
それが軍を強くする。
そして。
その考えは国全体に広がっていた。
王都中央。
巨大な学校。
子供達が学ぶ。
老人達も学ぶ。
元兵士も学ぶ。
元農民も学ぶ。
学ぶことが当たり前になっていた。
マイケルは教壇に立っていた。
数千人の教師候補生を前にしている。
彼は静かに言った。
「才能がなかった人なんていません」
教室が静かになる。
「教わらなかっただけです」
「だから教えてください」
「次の人へ」
「それが国を強くします」
誰もが真剣に聞いていた。
その言葉を。
既に証明されているからだ。
かつて泣き虫だった少年。
弱かった少年。
その彼が今。
国家を支える教師達を育てている。
それがこの国だった。
環境が人を育てる。
その証明だった。
夕暮れ。
ケルナインは高台から王都を見下ろしていた。
復活した国。
笑う民衆。
働く職人。
学ぶ子供達。
成長する教師達。
全てが動いている。
彼は何も言わない。
いつも通りだった。
指導した。
環境を作った。
後は人々が育った。
それだけである。
遠くで鐘が鳴る。
王都の夜が始まる。
灯りが一つ。
また一つ。
街を照らしていく。
かつて闇に沈んだ国はもう存在しない。
セレンスキー王国は復活した。
剣によってではない。
奇跡によってでもない。
人が学び。
人が育ち。
人が支え合った結果として。
そして国境の向こうでは。
ブーチン帝国の崩壊が加速していた。
もはや誰の目にも明らかだった。
復活する国と。
崩壊する国。
その差は軍事力ではない。
環境が人を育てるか。
人を使い潰すか。
ただそれだけだったのである。




