171話:建築改革
セレンスキー王国。
農業改革が始まって三か月。
焼けた農地は畑へ変わり始めていた。
だが国民の生活はまだ苦しかった。
理由は明白だった。
家がない。
街がない。
道がない。
戦争は畑だけを焼かなかった。
村を焼いた。
街を焼いた。
橋を落とした。
道路を破壊した。
物流を断った。
人々から暮らしそのものを奪ったのである。
農地が復活しても。
住む場所が無ければ意味がない。
収穫しても。
運ぶ道が無ければ意味がない。
だから次の改革が始まる。
建築改革。
そして土木改革である。
セレンスキー王都。
巨大な広場。
そこに数十万人の国民が集まっていた。
職人。
農民。
元兵士。
難民。
孤児。
老人。
女たち。
皆が不安そうな顔をしている。
その前に立つのはアルカディア連邦から派遣された建築教師団だった。
先頭にいるのはドワーフのガイル。
その隣には鍛冶師ベルン。
さらに数万人の建築教師が並ぶ。
ガイルは大声で言った。
「家は職人だけが作るもんじゃねぇ!」
民衆がざわめく。
「誰でも覚えられる!」
「覚えれば作れる!」
「教わればできる!」
広場が静まり返る。
その言葉は。
この国の常識を否定していた。
職人は特別。
才能ある者だけ。
そう信じられてきたからだ。
ガイルは笑う。
「アルカディアじゃガキでも家を建てるぞ」
民衆が驚愕した。
そんな馬鹿な。
誰もがそう思った。
しかし。
アルカディアは実際にそうしてきた。
教育した。
指導した。
環境を作った。
だから人が育った。
才能ではない。
教育だった。
その日。
建築教育が始まった。
まず教えられたのは土属性魔法。
土を盛る。
土を固める。
土を切り出す。
単純な技術だった。
次に。
テレキネシス。
運ぶ。
積む。
支える。
固定する。
さらに。
魔力操作。
魔力循環。
硬化魔法。
強度補強。
防水加工。
防火加工。
建築に必要な技術を体系化して教えていく。
アルカディア連邦が積み上げてきた教育理論。
その全てが投入される。
数日後。
変化が始まった。
一人。
また一人。
建築スキルが覚醒する。
「できた……」
若い農民が震える声を出した。
彼の目の前には石壁があった。
自分で積み上げたものだ。
建築教師が頷く。
「良いぞ」
「次は屋根だ」
青年の顔が輝く。
今まで何も作れなかった。
何の才能も無いと思っていた。
違った。
教わっていなかっただけだった。
建築スキル覚醒者は増え続ける。
百人。
千人。
一万人。
十万人。
数は加速度的に増えていく。
広大な国土。
至る所で再建工事が始まった。
焼けた村。
崩れた町。
廃墟になった都市。
そこに人が戻る。
土属性魔法。
テレキネシス。
建築スキル。
全てを組み合わせる。
巨大な石材が空を飛ぶ。
念動力で運ばれる。
正確に積み上がる。
硬化魔法が施される。
強度は従来建築の数倍。
壁は厚く。
柱は強く。
屋根は軽い。
防火性能も高い。
かつての建物より遥かに優秀だった。
老人が呟く。
「昔の家より良い……」
隣の孫が笑う。
「おじいちゃんの家も作ろう」
老人は涙を流した。
帰る場所ができる。
その意味を知っていた。
一方。
土木改革も始まっていた。
戦争で破壊された街道。
橋。
物流拠点。
全て再建対象である。
アルカディア連邦から派遣された土木教師団。
その中心にいたのはトミーだった。
商人として理解している。
物流が死ねば国も死ぬ。
道は血管だ。
物流は血液だ。
止まれば国家は壊死する。
トミーは地図を広げた。
「まず主要街道だ」
「次に物流拠点」
「最後に地方路線」
国民達が頷く。
今まで誰も教えてくれなかった。
なぜ道路が必要なのか。
なぜ橋が重要なのか。
ただ働かされていただけだった。
今は違う。
理解している。
だから成長する。
だから覚醒する。
土木教育開始から一か月。
新たな覚醒者が誕生する。
土木スキル。
道路設計。
橋梁設計。
排水設計。
地盤強化。
構造理解。
次々と目覚めていく。
ガイルの【構造理解】を見ていた者達が追随したのである。
王都から南部へ向かう主要街道。
数百キロ。
かつては破壊されていた。
今。
数万人の土木技術者達が作業している。
テレキネシスで石を運ぶ。
土属性魔法で整地する。
硬化魔法で地盤を固める。
排水路を作る。
橋脚を作る。
橋を架ける。
驚異的な速度だった。
本来なら数十年。
それが数か月。
街道が完成していく。
物流隊が走る。
荷馬車。
輸送隊。
飛行物流部隊。
全てが繋がり始める。
王都。
地方都市。
農村。
工業地帯。
全てが一本の流れになる。
その頃。
セレンスキー王城。
会議室。
最新報告が届いていた。
国王は報告書を開く。
そして固まった。
「建築スキル覚醒者」
「七十八万人」
会議室がざわめく。
さらに続く。
「土木スキル覚醒者」
「四十二万人」
「構造理解保持者」
「八万人」
誰も言葉が出ない。
数か月前。
存在すら知られていなかった人材。
今では国家を支える柱になっている。
国王は静かに言った。
「人材か……」
隣にいた宰相が頷く。
「はい」
「アルカディア連邦が育てているのは軍隊ではありません」
「人です」
その言葉に沈黙が落ちる。
農業改革。
教育改革。
医療改革。
建築改革。
土木改革。
全てに共通するものがある。
人材だった。
夕暮れ。
王都郊外。
新しい住宅街が並ぶ。
石造りの家。
共同浴場。
学校。
診療所。
倉庫。
市場。
全てが整備されている。
子供達が走る。
職人が働く。
教師が教える。
農民が笑う。
そこに以前の荒廃は無かった。
セレンスキー王国は変わり始めている。
戦争で壊れた国ではない。
学び続ける国へ。
育ち続ける国へ。
環境が人を育てる。
育った人が環境を作る。
その循環が。
今度は建築と土木によって加速していた。
遠くからその報告を読んでいたケルナインは静かに本を閉じた。
特に何も言わない。
指示もしない。
命令もしない。
もう必要ないからだ。
教師がいる。
職人がいる。
建築家がいる。
土木技術者がいる。
育った人材がいる。
それで十分だった。
セレンスキー王国の再建は。
もはや誰か一人の仕事ではない。
国民自身の仕事になっていた。
そしてその変化こそが。
アルカディア連邦が広げ続ける最大の力だった。




