166話:教師派遣
アルカディア中央議会。
巨大な会議室は静まり返っていた。
セリナが国家構造を分析した。
トミーが経済を分析した。
マーガレットが通貨信用を分析した。
そして。
結論が出た。
ブーチン帝国は強大だった。
広大な国土。
巨大な軍隊。
膨大な人口。
しかし。
国家を支える根が腐り始めていた。
教育。
医療。
物流。
農業。
行政。
商業。
その全てが弱体化している。
セリナは静かに言った。
「私達は勘違いしてはいけません」
会議室が耳を傾ける。
「帝国の民衆は敵ではありません」
静かな声だった。
しかし強かった。
「敵は帝国を支配してきた構造です」
「民衆ではありません」
エレノアがゆっくり頷く。
その通りだった。
アルカディアが目指すものは征服ではない。
人を育てること。
国家を育てること。
環境を育てることだった。
セリナは地図を指差した。
旧キンペイ帝国跡地。
かつて圧政で知られた巨大国家。
今は崩壊し。
地方ごとに分裂している。
治安も悪い。
物流も死んでいる。
農地も荒れている。
学校もない。
病院もない。
読み書きできない者も多い。
典型的な衰退地域だった。
「ここを連邦へ編入します」
会議室が静まり返る。
当然だった。
予想されていた。
しかし。
誰も反対しなかった。
なぜなら。
軍事占領ではないからだ。
セリナは続ける。
「軍を送るのではありません」
「教師を送ります」
その瞬間。
会議室に微かな笑みが広がった。
アルカディアらしい。
実にアルカディアらしい答えだった。
九億人国家。
教師七億五千万人。
教導スキル覚醒者七億人。
世界最大の教育国家。
だから送るものも教育だった。
マイケルが立ち上がる。
若き教師。
かつて泣き虫だった少年。
今では大陸最高峰の教育者の一人だった。
「教育団第一陣」
「五百万人」
会議室がざわつく。
五百万人。
国家規模だった。
しかしアルカディアでは普通だった。
マイケルは続ける。
「読み書き」
「計算」
「契約」
「農業」
「魔法」
「治療」
「生活技術」
「全て教えます」
セレンスキー王国使者が呆然とした。
教師五百万人。
そんな数字を出せる国など存在しない。
だが。
アルカディアには存在した。
人材こそ国家。
それを本気で実行した結果だった。
次に立ち上がったのはエルナだった。
優しい笑みを浮かべている。
しかし。
今の彼女は弱くない。
七億人以上の教導スキル覚醒者を育てた一人だった。
「治癒師団も派遣します」
静かな声。
しかし重い。
空中に数字が現れる。
治癒師。
二百万人。
会議室が息を呑む。
エルナは微笑む。
「病を治します」
「怪我を治します」
「出産を助けます」
「子供を守ります」
「老人を守ります」
「孤児を保護します」
それだけだった。
政治の話はない。
支配の話もない。
ただ人を助ける。
それだけだった。
エレノアは目を閉じた。
若い頃。
夢見た世界。
今それが目の前にある。
治癒師は剣より強い。
人を生かすからだ。
会議室の誰もが理解していた。
続いて立ち上がったのはリーンだった。
薬師。
研究者。
教育者。
そして今や農業改革の第一人者。
「農業教師団を派遣します」
巨大な地図が浮かぶ。
荒廃した農地。
痩せた土地。
放棄された村。
数え切れない。
リーンは言う。
「食べられなければ学べません」
「だから最初に畑を作ります」
誰も反論できない。
教育より先に食事。
理想より先に現実。
それもアルカディアだった。
農業教師団。
三百万人。
土属性魔法。
水属性魔法。
風属性魔法。
光属性浄化。
超能力。
全てを活用する。
灌漑。
土壌改良。
病害虫対策。
収穫効率改善。
種子改良。
農業革命。
アルカディアが積み上げた技術が投入される。
セリナは静かに言った。
「一年後」
「食料自給率二百パーセントを目指します」
セレンスキー使者が絶句した。
普通の国家なら不可能。
しかし。
アルカディアは食料充足率千五百パーセント。
世界最大の食料生産国家。
不可能ではなかった。
トミーが笑う。
「飯があれば人は働く」
「働けば市場ができる」
「市場ができれば商人が来る」
「商人が来れば金が回る」
マーガレットも頷いた。
「通貨なんて後でいいの」
「まず飯」
「次に教育」
「その次に商売」
誰も反論しない。
事実だからだ。
アルカディアはそうやって育った。
貧困村から始まった。
盗賊に怯えた。
奴隷商に苦しめられた。
病で死んだ。
飢えた。
だが。
変わった。
環境が変わった。
教育が生まれた。
技術が生まれた。
人が育った。
そして国家になった。
だから分かる。
人は育つ。
環境があれば。
会議室の巨大な窓から外が見えた。
学校。
病院。
工房。
農地。
物流拠点。
市場。
全てが動いている。
九億人が働いている。
九億人が学んでいる。
九億人が教えている。
それがアルカディアだった。
セリナが最後に宣言した。
「旧キンペイ帝国跡地を」
「アルカディア連邦へ編入します」
静寂。
誰も反対しない。
武力ではない。
教育だった。
侵略ではない。
育成だった。
支配ではない。
自立支援だった。
セリナは続ける。
「学校を作ります」
「病院を作ります」
「農地を作ります」
「物流を作ります」
「市場を作ります」
「人を育てます」
その言葉に。
全員が立ち上がった。
拍手。
大歓声。
議会全体が揺れる。
誰も剣を抜かなかった。
誰も戦争を語らなかった。
それでも。
世界最大の拡張政策が決定された。
教師。
治癒師。
農業教師。
それがアルカディアの軍隊だった。
そして。
旧キンペイ帝国跡地では。
新しい学校の建設が始まろうとしていた。
荒れた大地に。
最初に建てられる建物は城ではない。
学校だった。
環境が人を育てる。
その理念が。
再び大陸を変え始めていた。




