163話:セリナ分析
夜。
アルカディア中央議会。
巨大な会議室には静寂が満ちていた。
壁一面に映し出された巨大地図。
世界最大の領土を持つ国。
ブーチン帝国。
セリナは地図を見つめていた。
ダークエルフ特有の冷静な瞳。
感情はない。
あるのは分析だけだった。
円卓にはロバート。
トミー。
マーガレット。
エレノア。
セレンスキー王国使者。
そして各地の行政官たち。
全員がセリナの言葉を待っていた。
やがてセリナが口を開く。
「結論から言います」
静かな声だった。
しかし会議室の空気が引き締まる。
「ブーチン帝国は強国です」
誰も反論しない。
事実だからだ。
巨大な国土。
膨大な兵士。
豊富な鉱山資源。
長い軍事史。
間違いなく強国。
セリナは続けた。
「ですが」
「国家としては脆弱です」
セレンスキー使者が驚く。
「なぜです?」
セリナは地図へ指を向けた。
「教育率」
空中へ数字が浮かぶ。
魔法投影。
「極めて低い」
ざわつく会議室。
セリナは説明を続ける。
「教育を受けていない民は」
「新しい技術を扱えません」
「新しい農法を理解できません」
「新しい医療を理解できません」
「命令を待つだけになります」
沈黙。
アルカディアは違う。
教師数。
七億五千万人。
教導スキル覚醒者。
七億人以上。
誰もが学ぶ。
誰もが教える。
だから成長する。
セリナはさらに続けた。
「次」
「識字率」
空中へ数字が浮かぶ。
ブーチン帝国。
識字率。
低い。
行政官たちが頷く。
セリナ。
「文字を読めない民は」
「契約を理解できません」
「法律を理解できません」
「技術書を理解できません」
「教育も広がりません」
エレノアが目を閉じる。
痛感していた。
かつての世界がそうだった。
一部の貴族だけが学ぶ。
民は従うだけ。
だから停滞した。
セリナ。
「次」
「物流」
トミーがニヤリと笑う。
自分の分野だからだ。
地図上に赤い線が浮かぶ。
帝国の物流網。
歪だった。
巨大な都市に集中。
地方は空白。
「これが致命傷です」
セリナが言う。
「巨大国家は物流で生きます」
「物流で死にます」
トミーが頷く。
「その通りだ」
彼が立ち上がる。
「物が届かねぇ国は終わりだ」
「パンも届かねぇ」
「薬も届かねぇ」
「服も届かねぇ」
「武器も届かねぇ」
会議室が静まる。
トミーは笑った。
「逆に言えば」
「物流を握った奴が勝つ」
マーガレットも立ち上がる。
赤髪が揺れる。
「アルカディア商業圏は」
「既に帝国外縁部を飲み込んでいます」
空中へ数字。
貿易量。
移民数。
市場規模。
どれも圧倒的。
「商人は正直です」
マーガレットが言う。
「儲かる場所へ行く」
「安全な場所へ行く」
「学べる場所へ行く」
「だから皆アルカディアへ来る」
セレンスキー使者が呟く。
「……人が流れている」
「そうです」
マーガレットは微笑む。
「帝国から」
「こちらへ」
次。
セリナ。
「医療」
空中へ新しい数字。
ブーチン帝国。
平均寿命。
低い。
乳児死亡率。
高い。
病死率。
高い。
治癒師数。
少ない。
会議室が重くなる。
セリナ。
「病は軍を殺します」
「病は労働力を殺します」
「病は出生率を殺します」
「病は国家を殺します」
エルナが静かに頷いた。
治癒師だから理解できる。
アルカディアでは違う。
各地に治療院。
教師。
治癒師。
聖女。
欠損すら治せる。
病が流行る前に対処できる。
だから人口が増える。
だから国力が増える。
セリナは最後の資料を映した。
巨大な表だった。
教育。
識字率。
物流。
医療。
農業。
商業。
治安。
出生率。
技術力。
すべてが並ぶ。
ブーチン帝国。
赤。
アルカディア。
青。
差は圧倒的だった。
ロバートが腕を組む。
そして笑う。
「なるほどな」
「やっぱりそうか」
セリナが視線を向ける。
ロバートは言った。
「剣じゃねぇ」
会議室が静かになる。
ロバート。
「帝国は剣を磨いた」
「俺たちは人を育てた」
「それだけの違いだ」
誰も反論しなかった。
事実だったからだ。
セリナは地図を見る。
巨大なブーチン帝国。
確かに大きい。
強い。
恐ろしい。
しかし。
国家とは領土ではない。
国家とは城でもない。
国家とは軍でもない。
国家とは人だ。
セリナは静かに言った。
「帝国の弱点は軍ではありません」
「民です」
会議室が静まり返る。
「教育されていない民」
「医療を受けられない民」
「物流から切り離された民」
「学べない民」
「成長できない民」
「そこが弱点です」
セレンスキー使者が息を呑む。
セリナは続けた。
「ですから」
「我々は戦争をしません」
「侵略もしません」
「占領もしません」
「ただ教えます」
その言葉に。
エレノアが目を閉じた。
長い人生だった。
多くの国を見てきた。
多くの王を見てきた。
多くの戦争を見てきた。
だが。
こんな国は見たことがない。
剣で支配しない。
恐怖で支配しない。
教育で広がる。
知識で広がる。
人材で広がる。
エレノアは静かに呟いた。
「これが……」
誰にも聞こえないほど小さな声。
「これが本当の国家」
窓の外。
アルカディアの灯りがどこまでも続いていた。
その光は城の光ではない。
民の光だった。
そしてセリナは最後に結論を告げた。
「ブーチン帝国は」
「アルカディアに負けるでしょう」
誰も驚かなかった。
なぜなら。
既に答えは出ていたからだ。
剣の数ではない。
城の数でもない。
育った人間の数。
それこそが国家の強さだった。




