162話:教師という援軍
アルカディア中央議会での会議が終わった頃。
セレンスキー王国使者アンドレイは、まだ現実を理解できずにいた。
巨大な窓の外には、夜になっても灯りが消えない都市が広がっている。
飛行魔法で空を行き交う物流部隊。
深夜でも稼働する治療院。
学校から帰る子供たち。
どこを見ても活気があった。
戦争の話をしていたはずなのに。
誰も慌てていない。
誰も怯えていない。
それが不思議だった。
「眠れませんか?」
声を掛けられた。
振り返る。
そこにいたのはマイケルだった。
白い教師服。
優しい笑顔。
かつては泣き虫だった少年。
今では世界最高峰の教師の一人である。
アンドレイは頭を下げた。
「申し訳ありません」
「少し考え事を」
マイケルは隣へ座った。
「帝国軍のことですか?」
アンドレイは頷いた。
「はい」
「ブーチン帝国軍は強大です」
「百万人規模の軍勢です」
「戦車のような魔導兵器もあります」
「飛竜部隊もいます」
「私には理解できません」
「なぜ皆さんは落ち着いているのですか」
マイケルは少しだけ笑った。
「慣れているんです」
「慣れている?」
「はい」
彼は窓の外を見た。
遠くに学校が見える。
夜なのに明かりが灯っている。
教師たちが教材を作っているのだろう。
「昔」
マイケルは静かに語った。
「僕の村も終わっていました」
「貧困でした」
「病がありました」
「食べ物もありませんでした」
「盗賊も来ました」
「奴隷商も来ました」
アンドレイは黙って聞いていた。
「皆、弱かった」
「僕も弱かった」
「でも」
「違ったんです」
マイケルの表情が少し変わる。
「弱かったんじゃない」
「知らなかっただけだった」
アンドレイは息を呑んだ。
その言葉には不思議な力があった。
「農業を知らなかった」
「治療を知らなかった」
「戦い方を知らなかった」
「学び方を知らなかった」
「だから弱かった」
「教わったら変わったんです」
夜風が吹く。
遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。
マイケルは続けた。
「だから僕たちは知っているんです」
「人は育つ」
「環境さえあれば」
アンドレイは言葉を失った。
それはケルナインがよく口にしていた言葉だったと後で知ることになる。
その頃。
中央飛行港では慌ただしい準備が進んでいた。
教師たちが集まっている。
治癒師たちが集まっている。
農業指導者たちが集まっている。
兵士ではない。
教師だった。
先頭に立つのはエルナだった。
「孤児院支援部隊三百名」
「準備完了です」
その隣にはミシェル。
「索敵教師団五百名」
「飛行経路確認済み」
さらに農業教師団。
治癒師団。
行政官部隊。
続々と集結していく。
アンドレイは目を疑った。
誰も武器を持っていない。
持っているのは本。
教材。
農作物の種。
医療器具。
地図。
帳簿。
そんなものばかりだった。
「これが援軍……?」
思わず呟く。
すると背後から声がした。
「そうだ」
振り返る。
ロバートだった。
巨大な体。
大剣を背負ったまま立っている。
「兵士じゃないんですか」
ロバートは笑った。
「兵士も行く」
「だが主役じゃねぇ」
「主役はあいつらだ」
教師団を見る。
治癒師団を見る。
農業教師団を見る。
ロバートは続けた。
「帝国は村を焼く」
「なら作り直す」
「帝国は教師を殺す」
「なら百倍送る」
「帝国は農地を奪う」
「なら十倍収穫する」
アンドレイは黙った。
ロバートは腕を組む。
「戦争ってのはな」
「相手より強い奴が勝つとは限らねぇ」
「相手より早く立ち直る奴が勝つ」
その言葉に重みがあった。
ロバートは多くの戦場を見てきた。
その彼が断言している。
「ブーチン帝国は強い」
「間違いなく強い」
「だが」
彼は空港を見渡した。
何万人もの教師。
何万人もの治癒師。
何万人もの農業指導者。
何万人もの行政官。
そして彼らを支える物流網。
「アルカディアはもっとしぶとい」
アンドレイの胸が熱くなる。
希望という感情を久しぶりに思い出していた。
やがて飛行部隊が離陸を始める。
巨大な輸送船が夜空へ舞い上がる。
風属性魔法。
飛行魔法。
魔力循環。
魔力操作。
教育によって生み出された技術。
空に光の列が伸びていく。
セレンスキー王国へ向かう援軍だった。
教師たちが手を振る。
治癒師たちが笑う。
誰も悲壮感を持っていない。
助けに行くのが当たり前だからだ。
アンドレイは夜空を見上げた。
そして初めて思った。
もしかしたら。
本当に助かるかもしれない。
ブーチン帝国に勝てるかもしれない。
剣でなく。
兵士でなく。
教育で。
人材で。
未来で。
その夜。
アルカディア連邦最初の支援部隊が、セレンスキー王国へ向けて飛び立った。




