161話:セレンスキー王国使者来訪
王都アルカディア中央議会。
巨大な会議場には各地の代表者が集まっていた。
かつては貧困村だった。
病が蔓延し、
盗賊に怯え、
奴隷商に子供を奪われていた。
今は違う。
人口八億六千二百万人。
教師七億五千万人以上。
食料充足率一五〇〇%以上。
世界最大国家。
アルカディア連邦。
会議場中央。
セリナは書類へ目を通していた。
ダークエルフ特有の鋭い瞳。
冷静な表情。
今や連邦行政の中心人物だった。
その時だった。
会議場の扉が開く。
衛兵が飛び込んでくる。
「緊急報告です!」
全員が顔を上げる。
「セレンスキー王国使者到着!」
空気が変わった。
数秒後。
一人の男が案内される。
服は泥だらけだった。
長距離を休みなく移動してきたのだろう。
男はその場に膝をつく。
「セレンスキー王国外交官アンドレイと申します」
震えていた。
疲労ではない。
恐怖だ。
男は深く頭を下げた。
「助けてください」
静寂。
会議場全体が沈む。
アンドレイは叫ぶように続けた。
「ブーチン帝国が侵攻しました!」
ざわめき。
ロバートが腕を組む。
トミーの耳がぴくりと動く。
マーガレットが目を細めた。
アンドレイは続ける。
「東部農業地帯が占領されました」
「学校が焼かれています」
「教師が連行されています」
「病院が奪われています」
「我々は耐えられません」
「お願いします」
「助けてください」
沈黙。
セリナは書類を閉じた。
そして静かに尋ねる。
「教師は何人残っていますか」
男が固まる。
予想していなかった質問だった。
「え……?」
「教師です」
「残存数を」
男は慌てて答える。
「約二十万人です」
セリナは頷く。
「思ったより多いですね」
会場がざわついた。
アンドレイは理解できない。
国が滅びかけている。
それなのに教師の話をしている。
セリナは続けた。
「治癒師」
「農業指導者」
「行政官」
「何人残っていますか」
男は答える。
数字が並ぶ。
セリナは淡々と聞いていた。
全て聞き終える。
そして結論を出した。
「まだ終わっていません」
アンドレイが顔を上げる。
「え?」
セリナは冷静だった。
「国は城ではありません」
「国は土地でもありません」
「人です」
ロバートが小さく笑う。
その言葉は聞き慣れていた。
アルカディアの常識だからだ。
セリナは続ける。
「教師がいる」
「治癒師がいる」
「行政官がいる」
「農業指導者がいる」
「なら再建可能です」
アンドレイの目が揺れる。
セリナは即座に指示を出した。
「トミー」
狐獣人が立ち上がる。
「はいよ」
「輸送計画を」
「任せろ」
即答だった。
トミーの目が輝いている。
商売の匂いを嗅いだ時の顔だ。
「飛行物流を使う」
「食料」
「薬」
「工具」
「種子」
「全部送る」
マーガレットも立ち上がる。
赤い髪が揺れた。
「商会を動かすわ」
「現地市場を支える」
「通貨崩壊も防ぐ」
ロバートも笑う。
「軍は?」
セリナは首を振る。
「不要です」
ロバートはさらに笑った。
「だろうな」
会議場にも笑いが広がる。
アルカディアらしい。
戦争の話をしている。
なのに最初に出てくるのが教師だった。
最初に出てくるのが農業だった。
最初に出てくるのが物流だった。
アンドレイは呆然としていた。
「軍は……出さないのですか」
セリナは即答した。
「出しません」
「まず教師を送ります」
「治癒師を送ります」
「農業指導者を送ります」
「行政官を送ります」
「商人を送ります」
男は言葉を失った。
セリナの瞳は揺らがない。
「ブーチン帝国は兵士を送る」
「私たちは人材を送る」
会議場が静まり返る。
誰も反論しない。
それがアルカディアだった。
ロバートが椅子へ深く座った。
「始まったな」
トミーが笑う。
「大商売だ」
マーガレットも微笑む。
「ええ」
セリナは最後の書類を閉じた。
「ブーチン帝国との戦いを開始します」
アンドレイは震えていた。
それは恐怖ではない。
希望だった。
剣を抜かない。
軍を動かさない。
それでもこの国は勝つつもりだった。
教育で。
物流で。
農業で。
人材で。
アルカディア連邦の新たな戦いが始まった。




