160話:8億6千2百万
空は晴れていた。
アルカディア中央議事堂。
世界最大の会議場には、人々が集まっていた。
教師。
治癒師。
農場長。
商人。
行政官。
軍人。
かつて難民だった者。
かつて奴隷だった者。
かつて孤児だった者。
そして。
かつて飢えに苦しんでいた者たち。
今日。
彼らは歴史の証人となる。
アルカディア連邦。
建国以来最大の報告会。
◇
議場中央。
巨大な魔導映像が浮かび上がる。
静寂。
数万人が見守る。
壇上には五人。
エレノア・グランディア。
トミー。
マーガレット・ヴァレリア。
セリナ。
ロバート。
そして一歩後ろ。
ケルナイン。
いつものように前へ出ない。
誰も不思議に思わない。
それが彼だからだ。
◇
司会役の行政官が口を開いた。
「アルカディア連邦、建国統計報告を開始します」
魔導映像が切り替わる。
数字が現れる。
会場が息を呑んだ。
◇
人口。
八億六千二百万人。
◇
教師。
七億五千万人以上。
◇
教導スキル覚醒者。
七億人以上。
◇
兵士。
二億人。
◇
食料充足率。
一五〇〇%以上。
◇
農業圏。
七大農業圏。
◇
教育圏。
全域。
◇
魔法覚醒率。
一〇〇%。
◇
十属性以上覚醒者。
七億人以上。
◇
会場が静まり返る。
数字が大きすぎた。
理解が追い付かない。
◇
行政官が続ける。
「次に、キンペイ帝国の現状です」
映像が切り替わる。
誰もが注目した。
◇
キンペイ帝国。
推定人口。
九千八百万人。
◇
会場がどよめいた。
一億を切った。
かつて世界最大級だった帝国。
圧倒的軍事国家。
巨大人口国家。
それが。
ここまで縮小した。
◇
徴兵失敗。
農村崩壊。
税収崩壊。
物流崩壊。
教育崩壊。
医療崩壊。
職人流出。
教師流出。
軍人流出。
商人流出。
人口流出。
◇
全ての原因は一つだった。
人が出ていった。
ただそれだけ。
◇
会場は静かだった。
歓声はない。
誰も喜ばない。
なぜなら。
戦争で勝ったわけではないからだ。
◇
ロバートが立ち上がる。
元冒険者。
今は二億兵を率いる元帥。
男は会場を見渡した。
そして笑った。
「勝ったな」
会場が少し笑う。
ロバートは続けた。
「戦争してねぇけどな」
笑いが広がった。
◇
ロバートは腕を組む。
「俺は戦士だ」
「だから最初は分からなかった」
「強い軍を作れば勝てると思ってた」
静かに語る。
「違った」
「もっと強ぇもんがあった」
会場が耳を傾ける。
「教育だ」
一言だった。
「教育された農民は飢えねぇ」
「教育された商人は騙されねぇ」
「教育された兵士は逃げねぇ」
「教育された民は国を作る」
ロバートは笑った。
「剣じゃねぇ」
「教育で勝った」
大歓声。
会場が揺れた。
◇
次に立ったのはセリナだった。
ダークエルフの行政長官。
冷静な女。
静寂が戻る。
「私が語ることは一つです」
彼女は数字を見る。
「人は才能で育つのではありません」
「環境で育ちます」
会場が静かになる。
「かつて多くの人は無能と呼ばれました」
「違います」
「学ぶ環境が無かっただけです」
セリナは断言した。
「環境が人を育てた」
「それがアルカディアです」
会場は深く頷いた。
◇
マーガレットが立ち上がる。
赤髪の美女。
巨大商会の会頭。
商業の象徴。
彼女は豪快に笑った。
「私も一つだけ言うわ」
会場が静かになる。
「商売が国を支えた」
即答だった。
「食料を運ぶ」
「薬を運ぶ」
「布を運ぶ」
「知識を運ぶ」
「人を運ぶ」
彼女は笑う。
「商売は金儲けじゃない」
「人を繋ぐ技術よ」
会場から拍手。
「だからアルカディアは勝った」
「流れを止めなかったから」
◇
トミーが立ち上がる。
狐獣人。
昔は小悪党だった男。
今は世界最大物流網の管理者。
男は頭を掻いた。
「難しい話は苦手だ」
会場が笑う。
「俺は数字しか見ねぇ」
再び笑い。
「でもな」
顔が真面目になる。
「一つだけ分かった」
会場が静まる。
「人が集まる国は強ぇ」
その一言だった。
「商人が来る」
「教師が来る」
「職人が来る」
「治癒師が来る」
「農民が来る」
「だから強くなる」
トミーは笑う。
「人が来なくなった国は終わる」
誰も反論できなかった。
◇
最後に。
エレノアが立った。
白髪の老侯爵。
かつて理想を笑われた女。
彼女は会場を見渡す。
目に涙が浮かぶ。
「私は長く生きました」
静かな声。
「多くの国を見ました」
「多くの王を見ました」
「多くの戦争を見ました」
会場は静まり返る。
「ですが」
彼女は微笑んだ。
「民がここまで育った国は見たことがありません」
涙が零れた。
「これこそ理想です」
会場が立ち上がる。
万雷の拍手。
◇
その時だった。
議場の扉が開く。
一人の使者が飛び込んでくる。
王都の紋章。
王国公式使者。
男は震えていた。
◇
「報告です!」
息を切らす。
会場が静まる。
◇
「アルカディア連邦の人口及び国力調査が終了しました!」
◇
「正式認定されます!」
◇
男は震える声で叫んだ。
「世界地図を書き換えねばなりません!」
会場が凍り付く。
◇
使者は宣言する。
「アルカディア連邦」
「人口八億六千二百万人」
「世界最大国家として正式認定されました!」
◇
その瞬間。
会場は爆発した。
歓声。
拍手。
涙。
抱擁。
笑顔。
◇
そして。
遠く。
崩壊したキンペイ帝国。
皇都広場。
民衆が見守る中。
かつて絶対権力を誇った皇帝は倒れていた。
誰も助けない。
誰も支えない。
誰も従わない。
権力だけで国を支配した男の末路だった。
民は静かに去っていく。
◇
一方。
アルカディアでは。
教師が授業を続けていた。
農民が畑を耕していた。
商人が荷を運んでいた。
治癒師が患者を治していた。
誰も浮かれない。
なぜなら。
この国を作ったのは英雄ではない。
民だからだ。
◇
ケルナインは会場の後方から眺めていた。
何も言わない。
必要なかった。
もう国は動いている。
自分がいなくても。
◇
人口八億六千二百万人。
教師七億五千万人以上。
教導スキル覚醒者七億人以上。
兵士二億人。
食料充足率一五〇〇%以上。
世界最大国家。
アルカディア連邦。
それは剣ではなく。
教育と環境が生み出した国家だった。




