18話 商才発覚
盗賊襲撃から数日。
貧困村だったこの村は、確実に変わり始めていた。
畑では新たな農地の開墾が進む。
水路も整備され始めた。
エミリーを中心に警備隊が訓練を続けている。
マイケルとエルナは治療院の準備を進めていた。
セリナは移住者の管理を担当している。
そして。
誰も気付いていなかった。
村で最も不足している人材が何なのかを。
「物を管理できる人間」
である。
・・・
倉庫。
元々は朽ちかけた納屋だった建物。
今は村の共同倉庫として利用されている。
盗賊から回収した武器。
保存食。
塩。
干し肉。
麦。
野菜。
薬草。
布。
木材。
石材。
様々な物資が積み上げられていた。
その中央で。
狐獣人の青年が頭を抱えていた。
トミーである。
「なんだこれ……」
周囲を見回す。
ぐちゃぐちゃだった。
誰が何を持っていったか分からない。
どこに何があるかも分からない。
数も分からない。
「これじゃ盗まれても分からねぇぞ……」
ぽつりと呟く。
その時だった。
「どうしたの?」
声を掛けたのはエルナだった。
両手に薬草を抱えている。
トミーは肩を竦めた。
「いや」
「倉庫が酷すぎる」
「酷い?」
「見ろよ」
トミーは周囲を指差した。
「麦と塩が一緒」
「薬草と木材が一緒」
「布と鍋が一緒」
「誰が置いたか分からん」
「何個あるかも分からん」
エルナは首を傾げた。
「そういうものじゃないの?」
トミーは目を丸くした。
「違うだろ!?」
思わず声が大きくなる。
そして慌てて咳払いした。
「いや……すまん」
「そうじゃない」
「これはまずい」
その表情は真剣だった。
・・・
その日の夕方。
トミーは倉庫に籠もった。
数える。
ひたすら数える。
麦袋。
塩袋。
干し肉。
薬草。
布。
木材。
石材。
一つずつ。
徹底的に。
夜になっても続けた。
翌朝。
まだ続けていた。
昼になっても終わらない。
三日目。
ようやく終わった。
「はぁ……」
紙を見つめる。
そこには膨大な数字が並んでいた。
そして。
トミーは異変に気付いた。
「おかしい」
計算する。
もう一度計算する。
さらに計算する。
そして確信した。
「麦が足りなくなる」
・・・
村役場。
セリナが資料を見ていた。
そこへトミーが飛び込んでくる。
「セリナ!」
「どうしたの?」
「麦が足りなくなる!」
静寂。
セリナは瞬きをした。
「何の話?」
トミーは紙を机へ広げた。
「移住者増えてるだろ」
「ええ」
「毎日どれだけ食う?」
「……」
「計算した」
「二か月後に足りなくなる」
セリナの目が変わる。
紙を見る。
数字を見る。
もう一度見る。
「本当ね」
驚きだった。
自分も見落としていた。
村の人口増加ばかり見ていた。
消費量までは見ていなかった。
トミーはさらに言った。
「塩も余る」
「え?」
「余る」
「使う量より入る量が多い」
「値崩れする」
「交換材料として使えなくなる」
セリナは黙った。
さらに。
「布も足りない」
「冬が来る」
「全員服を欲しがる」
「今の生産量じゃ足りねぇ」
次々と出てくる。
まるで川のように。
セリナは完全に驚いていた。
「どうしてそこまで分かるの?」
トミーは頭を掻いた。
「分からん」
「なんとなくだ」
「なんとなく?」
「腹減った奴の気持ちが分かる」
「物が無くなる時の空気が分かる」
「商人に騙されたこともある」
「だからだと思う」
その瞬間だった。
トミーの視界に文字が浮かぶ。
【在庫】
【流通】
【原価】
【相場】
【商才】
トミーは固まった。
「……なんだこれ」
セリナが微笑む。
「覚醒ね」
・・・
その夜。
会議が開かれた。
ケルナイン。
セリナ。
エミリー。
マイケル。
エルナ。
そしてトミー。
トミーは緊張していた。
人生で初めてだった。
皆が自分の話を聞いている。
「話せ」
ケルナインが言う。
それだけ。
命令ではない。
評価でもない。
ただ話を求めた。
トミーは深呼吸した。
「まず麦」
「農地増やす」
「今の二倍欲しい」
「次」
「塩」
「売る」
「余る前に売る」
「次」
「布」
そこで言葉が止まる。
皆が待った。
トミーは続ける。
「布を作る」
「作る?」
エミリーが首を傾げる。
「紡織産業だ」
誰も意味が分からない。
トミーは説明した。
「糸を作る」
「布を作る」
「服を作る」
「軽い」
「腐らない」
「運びやすい」
「利益が高い」
「女でも働ける」
静寂。
ケルナインは少しだけ目を細めた。
「続けろ」
トミーはさらに話した。
羊毛。
麻。
綿
織機。
染色。
裁縫。
販売。
頭の中に浮かぶ。
まるで最初から知っていたように。
止まらない。
話し終わった頃には。
全員が黙っていた。
そして。
セリナが言った。
「これ」
「凄いわ」
エミリーも頷く。
「私には思いつかない」
マイケルも驚いていた。
「商売ってそこまで考えるのか……」
エルナも微笑む。
「すごいですね」
トミーは照れ臭そうに鼻を掻いた。
その時。
ケルナインが口を開く。
「才能だな」
短い一言。
それだけだった。
だが。
トミーの胸が熱くなった。
今まで。
要領の良い狐獣人。
調子の良い男。
そう呼ばれてきた。
信頼されたことはない。
期待されたこともない。
だが今。
初めて。
役に立てた。
初めて。
必要とされた。
トミーは静かに拳を握った。
村は変わる。
農業革命が始まった。
治療院もできる。
教育も始まる。
警備隊も育つ。
そして。
経済も動き出す。
人材こそ国家。
ケルナインが蒔いた種は。
また一人。
新たな才能を開花させた。
環境が人を育てる。
その証明が。
この小さな貧困村で。
また一つ生まれたのだった。




