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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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155話:アルカディアの空

朝。


エミリーは空を飛んでいた。


風が頬を撫でる。


眼下にはどこまでも続く農地。


黄金色の穂。


巨大な果樹園。


整備された運河。


新しく作られた都市。


そして空を飛ぶ無数の人々。


かつて盗賊に襲われるだけだった小さな村。


あの頃の面影はどこにもない。


今のアルカディア連邦は人口三億五千万人。


世界最大の国家になっていた。


エミリーは静かに息を吐く。


「本当に変わったわね……」


誰に聞かせるでもない言葉だった。



十年以上前。


エミリーは弱かった。


剣は使えた。


戦うこともできた。


村を守ろうという気持ちもあった。


だが守れなかった。


盗賊。


奴隷商。


傭兵崩れ。


村を襲う悪党たち。


何度も戦った。


何度も傷ついた。


何度も仲間を失った。


力が足りなかった。


知識も足りなかった。


人も足りなかった。


だから守れなかった。


その頃の自分を思い出す。


悔しさだけは今でも忘れていない。



そんな彼女の視界を。


子供たちが横切った。


「急げ急げ!」


「授業に遅れるぞ!」


「今日は飛行訓練の日だ!」


笑いながら飛んでいく。


十歳ほどの子供たち。


全員が空を飛んでいる。


風属性。


レビテーション。


身体強化。


魔力循環。


今では当たり前の技術。


昔なら英雄候補だった。


今では小学生でも使える。


エミリーは自然と笑った。


「気を付けて行くのよ」


「はーい!」


元気な返事が返ってくる。



子供たちが向かう先。


巨大な学校。


校舎だけで百棟以上。


生徒数五十万人。


教師数十万人。


それでも満員ではない。


アルカディア連邦には同じような学校が無数に存在している。


教師数三億人。


教導スキル保持者二億五千万人。


もはや教育そのものが国家の基盤だった。



エミリーは校庭へ降り立つ。


そこで授業をしている男がいた。


ルーク。


元難民。


今は教師。


十年前。


彼は痩せ細っていた。


食べ物がなかった。


家もなかった。


文字も読めなかった。


魔法も使えなかった。


未来もなかった。


そんな男が今では教師だった。


「農業革命が起きた理由を説明できる人はいますか?」


生徒たちが一斉に手を上げる。


授業は活気に満ちていた。


ルークは笑っている。


堂々としている。


自信に満ちている。


エミリーは少し胸が熱くなった。


才能があったからではない。


環境があったからだ。


学ぶ場所があった。


教える人がいた。


だから育った。


それだけだった。



学校を出る。


次に向かったのは巨大農場。


旧キンペイ開拓区。


見渡す限り農地だった。


元々は荒地。


誰も住まない土地。


それが今では数千万人を養っている。


農場の中央。


指揮を執る男がいた。


ガレス。


元奴隷。


今は農場長。


数百万人の農業従事者をまとめる責任者。


「エミリー様」


「調子はどう?」


「最高です」


ガレスは笑う。


誇らしげだった。


昔の怯えた目はない。


今の彼には自信がある。


責任がある。


仲間がいる。


未来がある。


「今年の収穫量は?」


「昨年比二百二十パーセントです」


「すごいわね」


「皆が優秀なんです」


違う。


エミリーは思う。


皆が優秀になったのだ。


育ったのだ。


環境によって。



さらに移動する。


今度は治療都市。


アルカディア最大級の医療施設。


そこにも知っている顔がいた。


ミリア。


元孤児。


今は治癒師。


幼い頃の彼女はいつも泣いていた。


親はいない。


食べ物もない。


病気ばかりだった。


明日を生きることすら難しかった。


その少女が。


今では数万人を救う治癒師になっている。


「次の患者さんどうぞ」


光属性魔法。


ヒーリング。


浄化。


再生。


患者の表情が明るくなる。


病が消える。


傷が治る。


絶望が希望に変わる。


その光景を見ながら。


エミリーは改めて思った。


人は育つ。


本当に育つのだ。



夕方。


エミリーは中央都市へ戻った。


そこではトミーが忙しそうに走り回っていた。


物流再編。


新都市建設。


新農地整備。


移住者受け入れ。


仕事は山ほどある。


「在庫は足りてる!」


「食料も余裕!」


「次の移住者五百万人受け入れや!」


周囲が走る。


商人。


役人。


教師。


農民。


全員が動いている。


トミーも変わった。


昔は調子の良い商人だった。


今では国家物流を支える責任者。


人は変わる。


環境が変えた。



マーガレットもいた。


巨大な会議室。


投資計画を確認している。


商会の規模は国家級。


いや。


既に国家を超えている。


「学校建設を増やしましょう」


「医療都市も追加するわ」


「来年の人口増加は予想以上よ」


赤髪の美女は迷わない。


商売人として成功しただけではない。


人材へ投資する意味を理解している。


そして。


隣では幼い子供が眠っていた。


トミーとの子供。


新しい世代。


アルカディアで生まれた子供。


飢えを知らない。


奴隷制度を知らない。


学べない苦しみを知らない。


それは幸せなことだった。



夜。


エミリーは再び空へ上がった。


アルカディアの夜景。


光が地平線まで続いている。


学校。


病院。


工房。


農地。


都市。


全てが輝いている。


その空を。


さらに多くの人々が飛んでいた。


仕事帰りの教師。


夜間学校へ向かう学生。


治療院へ急ぐ治癒師。


物流を担う商人。


誰もが空を飛ぶ。


誰もが学ぶ。


誰もが働く。


それが普通だった。



その頃。


キンペイ帝国。


人口三億人以上。


まだ巨大国家だった。


しかし毎月人が減る。


毎月人が逃げる。


風魔法放送は止まらない。


アルカディアの現実を伝え続けている。


食べられる。


学べる。


病が治る。


努力が報われる。


それは嘘ではない。


現実だった。


だから人は動く。


未来へ向かって。



エミリーは夜空を見上げた。


そして静かに笑った。


昔の自分は思っていた。


強い者だけが生き残る。


力こそ全てだと。


違った。


本当に大切だったのは環境だった。


学べる場所。


働ける場所。


挑戦できる場所。


失敗しても立ち上がれる場所。


そんな環境があれば。


難民は教師になる。


奴隷は農場長になる。


孤児は治癒師になる。


そして。


育った人材が次の人材を育てる。


循環はもう止まらない。


アルカディア連邦とは国家ではない。


人材を育て続ける巨大な循環そのものだった。


夜空を飛ぶ子供たちを見ながら。


エミリーは静かに呟く。


「未来は、きっともっと良くなるわね」


アルカディアの空は。


今日も多くの人々を乗せて。


未来へ向かって広がり続けていた。







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